甲陽軍鑑 / 品第四十七
子細は敵も味方も只今を最期と思ひ候はゞ、敵十五人、味方は十二人合せて二十七人が一所にありては戰ふまじ、敵も味方も入りまじり、ばどころを取りつ、とられついたすならば何方にてきりふせられんと知らず、それは其時の仕合せにて、必ずきりふせたる者ばかりの手抦と云ふ事にても有るまじ、
新字:子細は敵も味方も只今を最期と思ひ候はゞ、敵十五人、味方は十二人合せて二十七人が一所にありては戦ふまじ、敵も味方も入りまじり、ばどころを取りつ、とられついたすならば何方にてきりふせられんと知らず、それは其時の仕合せにて、必ずきりふせたる者ばかりの手抦と云ふ事にても有るまじ、
書き下し
子細は敵も味方も只今を最期と思ひ候はゞ、敵十五人、味方は十二人合せて二十七人が一所にありては戦ふまじ、敵も味方も入りまじり、ばどころを取りつ、とられついたすならば何方にてきりふせられんと知らず、それは其時の仕合せにて、必ずきりふせたる者ばかりの手抦と云ふ事にても有るまじ、
現代語訳
子細は、敵も味方もただ今を最期と思い候わば、敵は十五人、味方は十二人、合わせて二十七人が一所にありては戦うまじ。敵も味方も入り交じり、場所を取りつ取られついたすならば、いずかたにて斬り伏せられんと知らず。それはその時の仕合わせにて、必ず斬り伏せたる者ばかりの手柄と言う事にてもあるまじ。
解説
二十七人が入り乱れれば、誰がどこで倒されるかは決まっていない。最後に仕留めた者だけの手柄とは言えない、というのが理由である。混戦の実相のほうから、手柄の分け方を組み立て直している。混戦の実相のほうから、手柄の分け方を組み立て直している。二十七人が入り乱れれば、誰がどこで倒れるかは決まっていないからである。
この章句が説くこと
混戦手柄巡り合わせ配分裁き人数
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