甲陽軍鑑 / 品第四十七
此兩人の友達に增城源八郎·石田長藏·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、淚をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
新字:此両人の友達に增城源八郎·石田長蔵·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、涙をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
書き下し
此両人の友達に增城源八郎·石田長蔵·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、涙をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
現代語訳
この両人の友達に、増城源八郎・石田長蔵・矢ヶ崎新九郎・飯室書載の四人が跡より尋ねて行く。塩尻にて、かの兄弟に尋ね会い、是非とも一所にて枕を並べんと申す。長沼長八がこれを聞き、涙を流し、かたじけなき次第である。はるばる見舞い給うさえあるに、ことに助太刀せんとある事、生々世々忘れがたき事なれども。
解説
友人四人が他国まで追いかけてきて、一緒に死のうと申し出る。当人は涙を流して礼を言う。ここまでは受けるように見えるが、次の段でその申し出を断る理由が並べられていく。ここまでは受けるように見えるが、次の段でその申し出を断る理由が並べられていく。四人が他国まで追いかけて来て、一緒に死のうと申し出た場面である。断るほうが難しい、という状況が先に作られている。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
助太刀友申し出礼敵討長沼
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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。