甲陽軍鑑 / 品第四十七
此兩人の友達に增城源八郎·石田長藏·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、淚をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
新字:此両人の友達に增城源八郎·石田長蔵·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、涙をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
書き下し
此両人の友達に增城源八郎·石田長蔵·やがさき新九郎·飯室書載四人跡より尋ね行く、塩尻にて彼の兄弟に尋ねあひ、是非共一所にて枕をならべんと申す、長沼長八是を聞き、涙をながしかたじけなき次第なり、はる〳〵見舞給ふさへあるに、殊にすけたちせんと有る事、生々世々忘れがたき事なれども、
現代語訳
この両人の友達に、増城源八郎・石田長蔵・矢ヶ崎新九郎・飯室書載の四人が跡より尋ねて行く。塩尻にて、かの兄弟に尋ね会い、是非とも一所にて枕を並べんと申す。長沼長八がこれを聞き、涙を流し、かたじけなき次第である。はるばる見舞い給うさえあるに、ことに助太刀せんとある事、生々世々忘れがたき事なれども。
解説
友人四人が他国まで追いかけてきて、一緒に死のうと申し出る。当人は涙を流して礼を言う。ここまでは受けるように見えるが、次の段でその申し出を断る理由が並べられていく。ここまでは受けるように見えるが、次の段でその申し出を断る理由が並べられていく。四人が他国まで追いかけて来て、一緒に死のうと申し出た場面である。断るほうが難しい、という状況が先に作られている。
この章句が説くこと
助太刀友申し出礼敵討長沼
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