甲陽軍鑑 / 品第四十
一或る時信玄公宣ふ、侍の中に小身にても天然と世間に人の存知、名高く兵とよぶ冥加の武士をば、名をいひながら又人々そねみて名ほど覺への場數是なしなどゝさたするもの也、さりながら爰は大將の分別する所にてあるぞ、名高き者に常の者は何としてもなき者也、子細は塲數在まじきといふても、すぐれたる儀すくなうして、二度·三度あるは名の高き者のわざなり、
新字:一或る時信玄公宣ふ、侍の中に小身にても天然と世間に人の存知、名高く兵とよぶ冥加の武士をば、名をいひながら又人々そねみて名ほど覚への場数是なしなどゝさたするもの也、さりながら爰は大将の分別する所にてあるぞ、名高き者に常の者は何としてもなき者也、子細は塲数在まじきといふても、すぐれたる儀すくなうして、二度·三度あるは名の高き者のわざなり、
書き下し
一或る時信玄公宣ふ、侍の中に小身にても天然と世間に人の存知、名高く兵とよぶ冥加の武士をば、名をいひながら又人々そねみて名ほど覚への場数是なしなどゝさたするもの也、さりながら爰は大将の分別する所にてあるぞ、名高き者に常の者は何としてもなき者也、子細は塲数在まじきといふても、すぐれたる儀すくなうして、二度·三度あるは名の高き者のわざなり、
現代語訳
一、ある時、信玄公が宣う。侍の中に小身にても、天然と世間に人が存知し、名高く兵と呼ぶ冥加の武士をば、名を言いながらまた人々が嫉んで、名ほど覚えの場数はこれなしなどと沙汰するものである。さりながら、ここは大将の分別する所にてあるぞ。名高き者に常の者は、何としてもなき者である。子細は、場数はあるまじきと言うても、すぐれたる儀が少なうして、二度三度あるのは名の高き者の業である。
解説
名の高い者ほど、名前ほどの実績はないと言われる。しかし名の立つ者が並みの者であるはずはない、と主が引き取る。数は少なくても、抜きん出た働きが二度三度あるからこそ名が立つのだという数え方である。数は少なくても、抜きん出た働きが二度三度あるからこそ名が立つのだという数え方である。名の立つ者が並みであるはずはない、と言う。
この章句が説くこと
名嫉み場数評価信玄分別
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