甲陽軍鑑 / 品第四十
子細は彼前原を座敷の角におき、五六人扇をなげつくるに、二三間へだゝりて前原も木刀か何ぞ手に持たらは、右の扇ぎ我身にあたらぬごとくきりおとし候、其上かうよりをなげしに、つばきをもつてつけてさがりたるを、前原しないにていくつにも切おとし候、殊更六十二間のかぶとを同じくしなひにて打くだきなど仕る程の上手にて、此前原など目も足も身もきゝたるきどくを仕る、かれが兵法者と申さんずるか、
書き下し
子細は彼前原を座敷の角におき、五六人扇をなげつくるに、二三間へだゝりて前原も木刀か何ぞ手に持たらは、右の扇ぎ我身にあたらぬごとくきりおとし候、其上かうよりをなげしに、つばきをもつてつけてさがりたるを、前原しないにていくつにも切おとし候、殊更六十二間のかぶとを同じくしなひにて打くだきなど仕る程の上手にて、此前原など目も足も身もきゝたるきどくを仕る、かれが兵法者と申さんずるか、
現代語訳
子細は、かの前原を座敷の角に置き、五六人が扇を投げ付けるに、二三間隔たって前原も木刀か何ぞ手に持ったらば、右の扇を我が身に当たらぬごとく斬り落とし候。そのうえ、紙縒りを長押に唾をもって付けて下がったのを、前原が撓にていくつにも斬り落とし候。ことさら六十二間の兜を、同じく撓にて打ち砕きなどいたすほどの上手にて、この前原など、目も足も身も利いた奇特をいたす。かれこそ兵法者と申さんずるか。
解説
投げ付けられる扇を斬り落とし、長押から垂らした紙縒りを撓で幾つにも斬り、鉄の兜まで撓で打ち砕く。目と足と身が揃って働くという言い方で、技の中身が具体的に並べられている。これが兵法者だとされる。目と足と身が揃って働くという言い方で、技の中身が具体的に並べられている。扇を斬り、紙縒りを斬り、鉄の兜まで撓で打ち砕く。
この章句が説くこと
前原技撓兜上手兵法者
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