甲陽軍鑑 / 品第四十
一小幡上總守申さるゝ、さるほどに兵法つかひ·兵法者·兵法仁三人あり、先第一に兵法つかひは另おもてなどつかふて、ならひのごとく人におしゆる是兵法つかひなり、第二に兵法者は太刀の甲乙仕り分、勝負のならひよくして上手なる者は、それがしかこへおく前原筑前などにて候、
新字:一小幡上総守申さるゝ、さるほどに兵法つかひ·兵法者·兵法仁三人あり、先第一に兵法つかひは另おもてなどつかふて、ならひのごとく人におしゆる是兵法つかひなり、第二に兵法者は太刀の甲乙仕り分、勝負のならひよくして上手なる者は、それがしかこへおく前原筑前などにて候、
書き下し
一小幡上総守申さるゝ、さるほどに兵法つかひ·兵法者·兵法仁三人あり、先第一に兵法つかひは另おもてなどつかふて、ならひのごとく人におしゆる是兵法つかひなり、第二に兵法者は太刀の甲乙仕り分、勝負のならひよくして上手なる者は、それがしかこへおく前原筑前などにて候、
現代語訳
一、小幡上総守が申される。さるほどに、兵法つかい・兵法者・兵法仁の三人がある。まず第一に、兵法つかいは面などを使って、習いのとおりに人に教える、これが兵法つかいである。第二に、兵法者は太刀の甲乙を仕り分け、勝負の習いをよくして上手なる者は、それがしが囲え置く前原筑前などにて候。
解説
兵法に関わる者を三つに分ける。教える者、技の上手な者、そして実際の勝負で勝つ者である。習ったとおりに人へ教えるのが一段目で、技の甲乙を分けられる上手が二段目に置かれている。三つ目が、実際の勝負で勝つ者である。教えられるかどうか、技が上手かどうか、そして勝てるかどうかは、それぞれ別の物差しだという分け方になっている。
この章句が説くこと
兵法教える上手前原区別小幡
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十一夫軍法は兵法也、其いはれは陣なき時、武士かけむかひの勝負をばきりあひ、或はしあひと申、此勝負にうたがひなく勝ことをよく習ひ畢りて是をよく手に熟して、而して後、勝負を決して度々の勝利を得て、我名をとつて人にも是をおしゆるを能兵法仁と名付、
-
『甲陽軍鑑』品第四十扨又兵法仁と申は勿論上手につかひ、少々手前あまりきどくなしとも、度々勝負にかち手がらをいたす人、河中島合戦に討死仕らるゝ山本勘介、扨はなみあひ備前長刀をもつて我は一人、敵は二百人ばかりを七八十人きり候て、其身は堅固に罷退、切所とは申ながら何様大きなるはたらきのなみあひ備前·山本勘介両人などをば兵法のうへに名人のぼくでん、上手の前原がうへからも褒貶の批判は成がたく候、
-
『甲陽軍鑑』品第四十其いはれは手がらつくの塲数の儀、其勝負を見たる人おほからん、剛なる手からをば敵にも味方にもたゞしき耳きく沢山にてかくれなき者也、いはんや勘介·備前などは立あふたる人多く、此山本勘介·なみあひ備前ふたり衆のやうなるは兵法仁と申候はん、兵法仁は武士道にいたれば太刀つかはぬ人にもあるげに候、
-
『甲陽軍鑑』品第四十第三つか原ほくでんは左様にきどくなけれ共、兵法修行仕るに大鷹みもとすへさせ、のりがへ三疋ひかせ、上下八十人ばかりめしつれありき、兵法修行いたし諸侍大小共に貴むやうに仕なす、ぼくでんなど是は兵法の名人にて御座候、
-
『甲陽軍鑑』品第四十子細は彼前原を座敷の角におき、五六人扇をなげつくるに、二三間へだゝりて前原も木刀か何ぞ手に持たらは、右の扇ぎ我身にあたらぬごとくきりおとし候、其上かうよりをなげしに、つばきをもつてつけてさがりたるを、前原しないにていくつにも切おとし候、殊更六十二間のかぶとを同じくしなひにて打くだきなど仕る程の上手にて、此前原など目も足も身もきゝたるきどくを仕る、かれが兵法者と申さんずるか、
-
『甲陽軍鑑』品第四十就中其芸者は出来も不出来もなきやうに、其位ほどに仕るを功者と云ふ、又元来噐用にて其みち〳〵の学をよくして、いかにも会得の上、我工夫よければ心のつき所に志して、むかしの儀ふまへ所にいたし、其人ならひの後、学をもつて味を少しづこあたらしう分別して、出来も不出来もなきやうなるは、いつもよその出来たるほどあらん、さるに付て是は其道の上手とて此人を四方にあまねく、右の通りに沙汰するを名付て名人ともいふ儀なり、でき·ふできのあるは上手のうちにて、いまだいたらぬ心ならんかと宣ふなり、