甲陽軍鑑 / 品第四十一
夫軍法は兵法也、其いはれは陣なき時、武士かけむかひの勝負をばきりあひ、或はしあひと申、此勝負にうたがひなく勝ことをよく習ひ畢りて是をよく手に熟して、而して後、勝負を决して度々の勝利を得て、我名をとつて人にも是をおしゆるを能兵法仁と名付、
新字:夫軍法は兵法也、其いはれは陣なき時、武士かけむかひの勝負をばきりあひ、或はしあひと申、此勝負にうたがひなく勝ことをよく習ひ畢りて是をよく手に熟して、而して後、勝負を決して度々の勝利を得て、我名をとつて人にも是をおしゆるを能兵法仁と名付、
書き下し
夫軍法は兵法也、其いはれは陣なき時、武士かけむかひの勝負をばきりあひ、或はしあひと申、此勝負にうたがひなく勝ことをよく習ひ畢りて是をよく手に熟して、而して後、勝負を決して度々の勝利を得て、我名をとつて人にも是をおしゆるを能兵法仁と名付、
現代語訳
そもそも軍法は兵法である。そのいわれは、陣のない時、武士が駆け向かいの勝負をするのを斬り合い、あるいは仕合と申す。この勝負に疑いなく勝つことをよく習い終えて、これをよく手に熟させて、しかる後に勝負を決して度々の勝利を得て、我が名を取って人にもこれを教えるのを、よき兵法仁と名付ける。
解説
軍法之巻の書き出し。まず個人の勝負である兵法から説き起こす。疑いなく勝てるまで習い、手に熟させ、実際に度々勝ち、そのうえで人に教えられる者を兵法者と呼ぶという順序で、教える資格を最後に置いている。疑いなく勝てるまで習い、手に熟させ、実際に度々勝ち、そのうえで人に教えられる者を兵法者と呼ぶ。教える資格が、最後に置かれている。
この章句が説くこと
軍法兵法習熟勝負師順序
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十一小幡上総守申さるゝ、さるほどに兵法つかひ·兵法者·兵法仁三人あり、先第一に兵法つかひは另おもてなどつかふて、ならひのごとく人におしゆる是兵法つかひなり、第二に兵法者は太刀の甲乙仕り分、勝負のならひよくして上手なる者は、それがしかこへおく前原筑前などにて候、
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『甲陽軍鑑』品第四十一就中国持給ふ大将の自国·他国をあらそひ·せりあひ·合戦又は城せめなどゝいふ勝負をばこれ軍陣と申す、其軍陣においてよは敵·少敵·大敵·强敵·破敵·随敵もろ〳〵の敵うちあわせ武略·智略·計策をよくして定めて能勝利をうる事を能軍法となふ然るに武略のもとは自国諸々の城取をよくかまへ、陣取をよく取しき、備をよく立設くる事、大形は先づ是武略のもとなり、
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『甲陽軍鑑』品第四十其いはれは手がらつくの塲数の儀、其勝負を見たる人おほからん、剛なる手からをば敵にも味方にもたゞしき耳きく沢山にてかくれなき者也、いはんや勘介·備前などは立あふたる人多く、此山本勘介·なみあひ備前ふたり衆のやうなるは兵法仁と申候はん、兵法仁は武士道にいたれば太刀つかはぬ人にもあるげに候、
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『甲陽軍鑑』品第四十扨又兵法の儀ならはず共、度々きりあひに理をうる人あれば兵法稽古なくても自然はくるしからず候間、一から十まで兵法いらぬとあるは、心の剛なる人の千人にもすぐれて是以てほめたり、然といへども百人に九十人は、人をねらふか人にねらはるゝかあれば、かならず兵法に心ざすなり、様子ありて其時心ざすは連々遠慮なき故武士道不心懸に候、たど何の出入いひ事なき以前に、兵法もならへば一段心懸の侍にて候と土屋右衛門尉舎弟金丸助六郎·同惣蔵兄弟三人に山県三郎兵衛尉語り訓ゆる也一高坂が云ふ、
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『甲陽軍鑑』品第四十扨又兵法仁と申は勿論上手につかひ、少々手前あまりきどくなしとも、度々勝負にかち手がらをいたす人、河中島合戦に討死仕らるゝ山本勘介、扨はなみあひ備前長刀をもつて我は一人、敵は二百人ばかりを七八十人きり候て、其身は堅固に罷退、切所とは申ながら何様大きなるはたらきのなみあひ備前·山本勘介両人などをば兵法のうへに名人のぼくでん、上手の前原がうへからも褒貶の批判は成がたく候、
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『甲陽軍鑑』品第四十一如此よき軍法と云ふ此元を尋るに、大将のさいはいを能とり給ふ事肝要なり、よきさいはいの其もとはよき法度なり、よき法度の其元は五ツあり一大将の人を能目利して、其奉公人得物を見知て諸役を被仰付事一侍の事は申に及ばず大小·上下ともに武士たらん者の手抦上中下をよくわけて、又無手抦をも上中下をよく分て鏡にて物のみゆる様に大将の私しなくなさるゝ事一右の兵手抦のうへ恩をあたへ給ふ事、手抦上中下のごとく被下、同言葉の情も其手抦に随て大将のなさるべく候事一大将慈悲をなさるべき儀肝要なり一大将のいかり給ふ事余になければ奉公人油断ある物なり、油断あれば自然に分別ある人も背き、上下共に費なり、又其嗔にも奉公人科の上中下によつてあそばし、