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甲陽軍鑑 / 品第四十

扨又兵法の儀ならはず共、度々きりあひに理をうる人あれば兵法稽古なくても自然はくるしからず候間、一から十まで兵法いらぬとあるは、心の剛なる人の千人にもすぐれて是以てほめたり、然といへども百人に九十人は、人をねらふか人にねらはるゝかあれば、かならず兵法に心ざすなり、樣子ありて其時心ざすは連々遠慮なき故武士道不心懸に候、たど何の出入いひ事なき以前に、兵法もならへば一段心懸の侍にて候と土屋右衞門尉舍弟金丸助六郎·同惣藏兄弟三人に山縣三郎兵衞尉語り訓ゆる也一高坂が云ふ、

新字:扨又兵法の儀ならはず共、度々きりあひに理をうる人あれば兵法稽古なくても自然はくるしからず候間、一から十まで兵法いらぬとあるは、心の剛なる人の千人にもすぐれて是以てほめたり、然といへども百人に九十人は、人をねらふか人にねらはるゝかあれば、かならず兵法に心ざすなり、様子ありて其時心ざすは連々遠慮なき故武士道不心懸に候、たど何の出入いひ事なき以前に、兵法もならへば一段心懸の侍にて候と土屋右衛門尉舎弟金丸助六郎·同惣蔵兄弟三人に山県三郎兵衛尉語り訓ゆる也一高坂が云ふ、

書き下し

扨又兵法の儀ならはず共、度々きりあひに理をうる人あれば兵法稽古なくても自然はくるしからず候間、一から十まで兵法いらぬとあるは、心の剛なる人の千人にもすぐれて是以てほめたり、然といへども百人に九十人は、人をねらふか人にねらはるゝかあれば、かならず兵法に心ざすなり、様子ありて其時心ざすは連々遠慮なき故武士道不心懸に候、たど何の出入いひ事なき以前に、兵法もならへば一段心懸の侍にて候と土屋右衛門尉舎弟金丸助六郎·同惣蔵兄弟三人に山県三郎兵衛尉語り訓ゆる也一高坂が云ふ、

現代語訳

さてまた兵法の儀は習わずとも、度々の斬り合いに理を得る人があれば、兵法の稽古がなくても自然は苦しからず候あいだ、一から十まで兵法は要らぬとあるのは、心の剛なる人が千人にもすぐれて、これもって褒めたり。しかしと言えども、百人に九十人は人を狙うか人に狙われるかがあれば、必ず兵法に志すのである。様子があって、その時に志すのは、連々の遠慮がないゆえに武士道に不心懸けに候。ただ何の出入り・言い事もない以前に兵法も習えば、一段心懸けの侍にて候と、土屋右衛門尉の舎弟の金丸助六郎・同惣蔵の兄弟三人に、山県三郎兵衛尉が語り教えるのである。一、高坂が言う。

解説

兵法を習わずに済む者もいるが、それは千人に一人の剛の者だと断る。残りの者は必ず何かが起きてから習い始める。事が起きてから始めるのは平生の遠慮がないからで、何もないうちから習ってこそ心懸けだという。事が起きてから始めるのは平生の遠慮がないからで、何もないうちから習ってこそ心懸けだという。習わずに済むのは千人に一人である。

この章句が説くこと

兵法備え遠慮稽古心懸け山県

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