甲陽軍鑑 / 品第四十
弓は又うちみてわざ、鐵炮ほどけはしくなきと雖共、狐につかるゝ物又は一切の不審ある物のけ、ことには弓にて鳴弦の行ある上は武士の臆意は弓なり、就中鐵炮も所により侍の鑓わきをうち、城をまき其城內へ打入、敵をせむるときんば、是もつて足輕大將から下の身上の人のなさるべき儀也、
新字:弓は又うちみてわざ、鉄炮ほどけはしくなきと雖共、狐につかるゝ物又は一切の不審ある物のけ、ことには弓にて鳴弦の行ある上は武士の臆意は弓なり、就中鉄炮も所により侍の鑓わきをうち、城をまき其城内へ打入、敵をせむるときんば、是もつて足軽大将から下の身上の人のなさるべき儀也、
書き下し
弓は又うちみてわざ、鉄炮ほどけはしくなきと雖共、狐につかるゝ物又は一切の不審ある物のけ、ことには弓にて鳴弦の行ある上は武士の臆意は弓なり、就中鉄炮も所により侍の鑓わきをうち、城をまき其城内へ打入、敵をせむるときんば、是もつて足軽大将から下の身上の人のなさるべき儀也、
現代語訳
弓はまた打ち見ての業、鉄砲ほど険しくないと言えども、狐に憑かれた物、または一切の不審ある物の気、ことには弓にて鳴弦の行があるうえは、武士の臆意は弓である。とりわけ鉄砲も所により、侍の鑓脇を打ち、城を巻きその城内へ打ち入り、敵を攻める時んば、これもって足軽大将から下の身上の人のなさるべき儀である。
解説
弓は鉄砲ほど激しくないが、憑き物を払う鳴弦の行があるので武士の心の拠り所になるという。鉄砲のほうは、鑓脇を打ち城を攻める場面で使う道具として、足軽大将から下の役目に振り分けられている。鉄砲のほうは、鑓脇を打ち城を攻める場面で使う道具として、足軽大将から下の役目に振り分けられている。役の格まで道具で分かれている。
この章句が説くこと
弓鳴弦鉄砲足軽大将役目武士
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