甲陽軍鑑 / 品第四十
三番に弓は侍家の物なり、子細は國持の武道の手がらなさるゝは、おぼへの人·譽れの人といはず弓箭をよくとると申候間此通りなり、しかも弓の儀は古來から武士の家にそへ物にて、是をたとへばふるき系圖の侍の如し、仕出の侍は鐵炮のごとくならん鐵炮は甚しくわざありといへども魔焰のおぢをのゝく事尠なし、
新字:三番に弓は侍家の物なり、子細は国持の武道の手がらなさるゝは、おぼへの人·誉れの人といはず弓箭をよくとると申候間此通りなり、しかも弓の儀は古来から武士の家にそへ物にて、是をたとへばふるき系図の侍の如し、仕出の侍は鉄炮のごとくならん鉄炮は甚しくわざありといへども魔焰のおぢをのゝく事尠なし、
書き下し
三番に弓は侍家の物なり、子細は国持の武道の手がらなさるゝは、おぼへの人·誉れの人といはず弓箭をよくとると申候間此通りなり、しかも弓の儀は古来から武士の家にそへ物にて、是をたとへばふるき系図の侍の如し、仕出の侍は鉄炮のごとくならん鉄炮は甚しくわざありといへども魔焰のおぢをのゝく事尠なし、
現代語訳
三番に弓は侍家の物である。子細は、国持ちの武道の手柄をなさるるは、覚えの人・誉れの人と言わず、弓箭をよく取ると申し候あいだ、このとおりである。しかも弓の儀は古来から武士の家に添え物にて、これをたとえば古き系図の侍のごとし。仕出での侍は鉄砲のごとくならん。鉄砲は甚だしく業があると言えども、魔焰の恐じ怖くことは少なし。
解説
弓を古い家柄の侍にたとえ、新しく出てきた鉄砲を仕出での侍にたとえる。武勇を語るのに弓箭という言葉を使う習いから、弓が武士の家に付き物だったと説いている。道具の新旧を、人の来歴になぞらえた見方である。道具の新旧を、人の来歴になぞらえた見方である。武勇を語るのに弓箭という言葉を使う習いから、弓が武士の家に付き物だったと説く。
この章句が説くこと
弓鉄砲系図仕出で武具譬え
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十弓は又うちみてわざ、鉄炮ほどけはしくなきと雖共、狐につかるゝ物又は一切の不審ある物のけ、ことには弓にて鳴弦の行ある上は武士の臆意は弓なり、就中鉄炮も所により侍の鑓わきをうち、城をまき其城内へ打入、敵をせむるときんば、是もつて足軽大将から下の身上の人のなさるべき儀也、
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『甲陽軍鑑』品第四十小身にても本の兵一番鑓·二番鑓を多ほうして三番鑓も、强敵又は大敵ならば自然にあらん、それにつゞきて鑓わきかたなにてこたゆる人ひとつなり、弓にてこたゆる人二なり、鉄炮にてこたゆる人三なり、就中鑓下の高名は一番の人にさしつゞきての武功なり、扨又大将をうつ人は大略十が九ツ追頸とおほしめせ、然れ共国もつ大将をうつ人は国五ケ国·十ヶ国の家にもおほうして二人·三人ならでなし、扨其冥加を感じて是又まれの武士と云ふ、
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