甲陽軍鑑 / 品第四十
山縣三郎兵衛がいはく、武藝四門とは弓·鐵炮·兵法·馬是四なり、侍は大身·小身によらず右四ツを、よくもあしくもならひ、其上自余の事を稽古いたさば、物をよみならひ、同く書習ふ事肝要にて候、其後亂舞も尤なり、
新字:山県三郎兵衛がいはく、武芸四門とは弓·鉄炮·兵法·馬是四なり、侍は大身·小身によらず右四ツを、よくもあしくもならひ、其上自余の事を稽古いたさば、物をよみならひ、同く書習ふ事肝要にて候、其後乱舞も尤なり、
書き下し
山県三郎兵衛がいはく、武芸四門とは弓·鉄炮·兵法·馬是四なり、侍は大身·小身によらず右四ツを、よくもあしくもならひ、其上自余の事を稽古いたさば、物をよみならひ、同く書習ふ事肝要にて候、其後乱舞も尤なり、
現代語訳
山県三郎兵衛が言うには、武芸四門とは弓・鉄砲・兵法・馬、この四つである。侍は大身・小身によらず、右の四つをよくも悪くも習い、そのうえ自余の事を稽古いたさば、物を読み習い、同じく書き習う事が肝要にて候。その後は乱舞ももっともである。
解説
まず身に付けるべき四つを名指しし、出来不出来はともかく一通り習えという。そのうえで余力があれば読み書き、さらに後で舞や謡いだと順を決めている。何から手を付けるかを順序として言い切っているのが要点である。何から手を付けるかを順序として言い切っているのが要点である。まず四つ、余力があれば読み書き、さらに後で舞や謡いと決めてある。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
武芸四門順序稽古読み書き山県
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