甲陽軍鑑 / 品第四十
一ねらふ人は其身のけがをしたる意趣ならば、夜晝共に狙ふてしほす時、かたな·脇指或は鑓·長刀まではくるしかるまじ、扨又親兄弟·師匠·伯父·從弟迄のかたきうちならば、弓·鐵炮にても仕すますを手がらにいたし候へ、我意趣切りにも、かたきうちにも、かたきの家へしのびこみて切りすますは一入よき心ばせと申さんなり、よそは何ともあれ信玄家の作法此如、
新字:一ねらふ人は其身のけがをしたる意趣ならば、夜昼共に狙ふてしほす時、かたな·脇指或は鑓·長刀まではくるしかるまじ、扨又親兄弟·師匠·伯父·従弟迄のかたきうちならば、弓·鉄炮にても仕すますを手がらにいたし候へ、我意趣切りにも、かたきうちにも、かたきの家へしのびこみて切りすますは一入よき心ばせと申さんなり、よそは何ともあれ信玄家の作法此如、
書き下し
一ねらふ人は其身のけがをしたる意趣ならば、夜昼共に狙ふてしほす時、かたな·脇指或は鑓·長刀まではくるしかるまじ、扨又親兄弟·師匠·伯父·従弟迄のかたきうちならば、弓·鉄炮にても仕すますを手がらにいたし候へ、我意趣切りにも、かたきうちにも、かたきの家へしのびこみて切りすますは一入よき心ばせと申さんなり、よそは何ともあれ信玄家の作法此如、
現代語訳
一、狙う人は、その身が怪我をした意趣であるならば、夜昼ともに狙って仕留める時、刀・脇指、あるいは槍・長刀までは苦しくあるまい。さてまた親兄弟・師匠・伯父・従弟までの敵討ちならば、弓・鉄砲でも仕遂げるのを手柄にいたせ。我が意趣斬りにも敵討ちにも、敵の家へ忍び込んで斬り済ますのは、ひとしおよい心ばえと申すのである。他所はどうであれ、信玄家の作法はこのとおりである。
解説
私怨と、親兄弟の敵討ちとで許される手段を分ける。自分の怪我の意趣返しなら刃物まで、親兄弟のためなら弓鉄砲でもよい。忍び込んで討つのもよい心ばえとされる。目的の重さによって、手段の許容範囲を変えている。目的の重さによって、手段の許容範囲を変えている。私怨なら刃物まで、親兄弟のためなら弓鉄砲でもよく、忍び込むことまで認められる。
この章句が説くこと
敵討意趣手段弓鉄砲忍作法
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