甲陽軍鑑 / 品第四十
そこにて馬塲美濃申さるこ、小山田殿宜ふことく松木桂琳學問して物をよくよむにより、唐の諸葛孔明の事を某尋て候へば、諸葛百姓なれども大將の是をかこへなされ度ため、いかにも慇懃なる出立にて諸葛がやどへ大將自身御座候へ共、二度は留主とて押返し、三度目に彼諸葛はたけをうなふて居る所へ大將行きあたり、何程も慇懃にしたまふ故、爰にては諸葛鍬を投捨、今の大將を守護して軍法を仕、いくさに其大將勝給ふ事を本に向ひて申時は松木桂琳物識かなと存る刻、
新字:そこにて馬塲美濃申さるこ、小山田殿宜ふことく松木桂琳学問して物をよくよむにより、唐の諸葛孔明の事を某尋て候へば、諸葛百姓なれども大将の是をかこへなされ度ため、いかにも慇懃なる出立にて諸葛がやどへ大将自身御座候へ共、二度は留主とて押返し、三度目に彼諸葛はたけをうなふて居る所へ大将行きあたり、何程も慇懃にしたまふ故、爰にては諸葛鍬を投捨、今の大将を守護して軍法を仕、いくさに其大将勝給ふ事を本に向ひて申時は松木桂琳物識かなと存る刻、
書き下し
そこにて馬塲美濃申さるこ、小山田殿宜ふことく松木桂琳学問して物をよくよむにより、唐の諸葛孔明の事を某尋て候へば、諸葛百姓なれども大将の是をかこへなされ度ため、いかにも慇懃なる出立にて諸葛がやどへ大将自身御座候へ共、二度は留主とて押返し、三度目に彼諸葛はたけをうなふて居る所へ大将行きあたり、何程も慇懃にしたまふ故、爰にては諸葛鍬を投捨、今の大将を守護して軍法を仕、いくさに其大将勝給ふ事を本に向ひて申時は松木桂琳物識かなと存る刻、
現代語訳
そこで馬場美濃が申される。小山田殿が宣うとおり、松木桂琳は学問して物をよく読むにより、唐の諸葛孔明の事をそれがしが尋ね候えば、諸葛は百姓であるけれども、大将がこれを囲えなされたきため、いかにも慇懃なる出で立ちにて諸葛の宿へ大将自身が御座候えども、二度は留守とて押し返し、三度目に、かの諸葛が畑を耕して居る所へ大将が行き当たり、いかほども慇懃にし給うゆえに、ここにては諸葛が鍬を投げ捨て、今の大将を守護して軍法をいたし、戦にその大将が勝ち給う事を、本に向かって申す時は、松木桂琳は物知りかなと存ずる刻。
解説
この章句が説くこと
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