甲陽軍鑑 / 品第四十
馬塲美濃守所へ振舞に、内藤修理·山縣三郞兵衞·土屋右衞門尉·小山田彌三郞·高坂彈正·眞田源太左衛門·小幡上總此衆參られ、萬つ雜談の中に小山田彌三郞申は、各聞給へ、世間に物のわかりをいひて人におしゆる事がくもんしやのわざなり、しかればがくもんしやの中に物しりは多し、智者はすくなからん、一文字をひかぬ人にも智者あらん、山本勘介など智者といふ者なりと信玄公御諚なれば、扨物しらずとも又智者といふて別なりといへば、
新字:馬塲美濃守所へ振舞に、内藤修理·山県三郎兵衛·土屋右衛門尉·小山田弥三郎·高坂弾正·真田源太左衛門·小幡上総此衆参られ、万つ雑談の中に小山田弥三郎申は、各聞給へ、世間に物のわかりをいひて人におしゆる事がくもんしやのわざなり、しかればがくもんしやの中に物しりは多し、智者はすくなからん、一文字をひかぬ人にも智者あらん、山本勘介など智者といふ者なりと信玄公御諚なれば、扨物しらずとも又智者といふて別なりといへば、
書き下し
馬塲美濃守所へ振舞に、内藤修理·山県三郎兵衛·土屋右衛門尉·小山田弥三郎·高坂弾正·真田源太左衛門·小幡上総此衆参られ、万つ雑談の中に小山田弥三郎申は、各聞給へ、世間に物のわかりをいひて人におしゆる事がくもんしやのわざなり、しかればがくもんしやの中に物しりは多し、智者はすくなからん、一文字をひかぬ人にも智者あらん、山本勘介など智者といふ者なりと信玄公御諚なれば、扨物しらずとも又智者といふて別なりといへば、
現代語訳
一、ある時、馬場美濃守の所へ振舞いに、内藤修理・山県三郎兵衛・土屋右衛門尉・小山田弥三郎・高坂弾正・真田源太左衛門・小幡上総、この衆が参られ、万づ雑談の中に小山田弥三郎が申すには、方々、聞き給え。世間に物の分かりを言って人に教える事は学問者の業である。しからば、学問者の中に物知りは多い。智者は少なからん。一文字を引かぬ人にも智者はあろう。山本勘介など智者と言う者であると信玄公の御諚であれば、さて物知らずとも、また智者と言って別であると言えば。
解説
この章句が説くこと
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