甲陽軍鑑 / 品第四十
子細は刀·脇指よくとぎて、其上によくはをつけてさすは、人きらんと申事なれども、常はさやをせねばさゝれ申さず候、人をきる物とて、つぶみにてさゝば、さす人もあやまちを致し、かたな·わきさしもくさりて用にたゝず、打くつして、くぎにうちて後はすたらん、
書き下し
子細は刀·脇指よくとぎて、其上によくはをつけてさすは、人きらんと申事なれども、常はさやをせねばさゝれ申さず候、人をきる物とて、つぶみにてさゝば、さす人もあやまちを致し、かたな·わきさしもくさりて用にたゝず、打くつして、くぎにうちて後はすたらん、
現代語訳
子細は、刀・脇指をよく研いで、そのうえによく刃を付けて差すのは、人を斬らんと申す事であるけれども、常は鞘をせねば差され申さず候。人を斬る物であるとて、つぶみのままで差さば、差す人も過ちをいたし、刀・脇指も腐って用に立たず、打ち崩して釘に打って後は廃れよう。
解説
刃を付けるのは斬るためだが、抜き身では腰に差せないから鞘をする。逆に鞘なしのまま持てば、持つ側が怪我をし、刀も傷んで釘にされて終わる。鋭さを養う事と、それを収める事の両方が要るという話になっている。鋭さを養う事と、それを収める事の両方が要るという話になっている。鞘なしで持てば、持つ側が怪我をし、刀のほうも傷んでしまう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
刀鞘刃過ち収める武道
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