甲陽軍鑑 / 品第四十
內藤いはく、おとりをましと云ひ、ましをおとりと云ふ事は町人·女人のせんさく也、町人は商買を專らにして、いかやうなるいやしき者をも殿樣とあがめ候は賣物うりはらはんと云ふ儀にて候へのごとし、就中女人は人にかくるゝも我つまに能く思はれ、同くかほにべに·おしろいをぬりて男によくしたしまんと云ふ意地のかざりなり、いづれもかざらば內心輕薄のいたす所にて、武士には大きにきらひ申し候と內藤修理正いはるれば、
新字:内藤いはく、おとりをましと云ひ、ましをおとりと云ふ事は町人·女人のせんさく也、町人は商買を専らにして、いかやうなるいやしき者をも殿様とあがめ候は売物うりはらはんと云ふ儀にて候へのごとし、就中女人は人にかくるゝも我つまに能く思はれ、同くかほにべに·おしろいをぬりて男によくしたしまんと云ふ意地のかざりなり、いづれもかざらば内心軽薄のいたす所にて、武士には大きにきらひ申し候と内藤修理正いはるれば、
書き下し
内藤いはく、おとりをましと云ひ、ましをおとりと云ふ事は町人·女人のせんさく也、町人は商買を専らにして、いかやうなるいやしき者をも殿様とあがめ候は売物うりはらはんと云ふ儀にて候へのごとし、就中女人は人にかくるゝも我つまに能く思はれ、同くかほにべに·おしろいをぬりて男によくしたしまんと云ふ意地のかざりなり、いづれもかざらば内心軽薄のいたす所にて、武士には大きにきらひ申し候と内藤修理正いはるれば、
現代語訳
内藤が言うには、劣りを勝りと言い、勝りを劣りと言う事は、町人・女人の詮索である。町人は商売を専らにして、どのような卑しい者をも殿様と崇め候うのは、売り物を売り払おうという儀にて候えのごとし。とりわけ女人は、人に隠れるのも我が夫によく思われ、同じく顔に紅・白粉を塗って男によく親しまれようという意地の飾りである。いずれも飾らば内心の軽薄のいたす所であって、武士には大いに嫌い申し候と内藤修理正が言われれば。
解説
この章句が説くこと
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