甲陽軍鑑 / 品第四十
第三に駿河國にて岡部次郞右衛門城をよく持ちたるとて是は又先方衆の中にて取りたてなり、忠節もなく、手抦もなく、只國なみにかこへらるゝを大小共に先方衆と申すなり、第四に信州木會殿飛彈の國江間、常陸·越中の神保など信玄公へ起請をもつて侘言有る、是を降參の大身と申す、第五に越前の淺倉殿、關東安房の里見殿、關東たがや、江州の淺井備前守、上總の萬喜·宇都宮殿 是等はみかたと云ふなり、
新字:第三に駿河国にて岡部次郎右衛門城をよく持ちたるとて是は又先方衆の中にて取りたてなり、忠節もなく、手抦もなく、只国なみにかこへらるゝを大小共に先方衆と申すなり、第四に信州木会殿飛弾の国江間、常陸·越中の神保など信玄公へ起請をもつて侘言有る、是を降参の大身と申す、第五に越前の浅倉殿、関東安房の里見殿、関東たがや、江州の浅井備前守、上総の万喜·宇都宮殿 是等はみかたと云ふなり、
書き下し
第三に駿河国にて岡部次郎右衛門城をよく持ちたるとて是は又先方衆の中にて取りたてなり、忠節もなく、手抦もなく、只国なみにかこへらるゝを大小共に先方衆と申すなり、第四に信州木会殿飛弾の国江間、常陸·越中の神保など信玄公へ起請をもつて侘言有る、是を降参の大身と申す、第五に越前の浅倉殿、関東安房の里見殿、関東たがや、江州の浅井備前守、上総の万喜·宇都宮殿 是等はみかたと云ふなり、
現代語訳
第三に駿河国にて岡部次郎右衛門は城をよく持ったとて、これはまた先方衆の中で取り立てである。忠節もなく、手柄もなく、ただ国並みに囲われるのを、大小ともに先方衆と申すのである。第四に信州の木曾殿、飛騨の国の江間、常陸・越中の神保など、信玄公へ起請をもって詫び言がある。これを降参の大身と申す。第五に越前の朝倉殿、関東安房の里見殿、関東の多賀谷、江州の浅井備前守、上総の万喜・宇都宮殿。これらは味方と言うのである。
解説

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