甲陽軍鑑 / 品第四十
如件一敵討の事、先づねらはるゝ人は常にね所をかへ、晝夜用心して其上路次を行くにかたき待ちて居ると聞けば、脇道を通り跡へもどり、何やうに仕りてもうたれぬ如に分別尤もなり、此儀を無案內なる人々比興といふ共不苦信玄家の作法はかくの分にて候、
新字:如件一敵討の事、先づねらはるゝ人は常にね所をかへ、昼夜用心して其上路次を行くにかたき待ちて居ると聞けば、脇道を通り跡へもどり、何やうに仕りてもうたれぬ如に分別尤もなり、此儀を無案内なる人々比興といふ共不苦信玄家の作法はかくの分にて候、
書き下し
如件一敵討の事、先づねらはるゝ人は常にね所をかへ、昼夜用心して其上路次を行くにかたき待ちて居ると聞けば、脇道を通り跡へもどり、何やうに仕りてもうたれぬ如に分別尤もなり、此儀を無案内なる人々比興といふ共不苦信玄家の作法はかくの分にて候、
現代語訳
敵討ちの事。まず狙われる人は、常に寝所を変え、昼夜用心して、そのうえ路次を行くのに敵が待っていると聞けば、脇道を通り、後ろへ戻り、どのようにしても討たれないように分別するのがもっともである。この儀を、不案内な人々は卑怯と言っても苦しくない。信玄家の作法はこの分でございます。
解説
狙われている者は、逃げ回ってよいと定める。寝所を変え、待ち伏せがあれば脇道を行き、来た道を引き返す。それを卑怯と言う者がいても構わない、これが我が家の作法だと言い切っている。世間の評ではなく、家の定めを先に置く形である。世間の評ではなく、家の定めを先に置く形である。卑怯と言われても構わないと言い切ることで、逃げることを恥から外している。
この章句が説くこと
敵討用心逃卑怯作法分別
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