甲陽軍鑑 / 品第四十
一路次にてひとりは馬に乘り、あしだをはき、一人はかちにて行けば其人と互に中よくとあしくと歩の人ものかげへかくるゝ事尤もなり、扨又馬にのり或はあしだをはく人は、是も又其人と中よくと惡くと、かすみからおりて時宜をいたせ、あいてのかくるゞは人を六ケ敷馬よりおろすまじきといふ事なれば、是は侍の時宜ふかし、人の時宜するに此方より時宜をせざるは大非義にて候、中あしくは用心のためにも馬よりおり、あしだをぬく事よき武士の作法なり、扨あゆみ行く人は、あなた時宜をし給はゝ中あしく共うちとけがほにて、ぼくりはく人ぬぎたらば、こなたはざうりをぬぎ、
新字:一路次にてひとりは馬に乗り、あしだをはき、一人はかちにて行けば其人と互に中よくとあしくと歩の人ものかげへかくるゝ事尤もなり、扨又馬にのり或はあしだをはく人は、是も又其人と中よくと悪くと、かすみからおりて時宜をいたせ、あいてのかくるゞは人を六ケ敷馬よりおろすまじきといふ事なれば、是は侍の時宜ふかし、人の時宜するに此方より時宜をせざるは大非義にて候、中あしくは用心のためにも馬よりおり、あしだをぬく事よき武士の作法なり、扨あゆみ行く人は、あなた時宜をし給はゝ中あしく共うちとけがほにて、ぼくりはく人ぬぎたらば、こなたはざうりをぬぎ、
書き下し
一路次にてひとりは馬に乗り、あしだをはき、一人はかちにて行けば其人と互に中よくとあしくと歩の人ものかげへかくるゝ事尤もなり、扨又馬にのり或はあしだをはく人は、是も又其人と中よくと悪くと、かすみからおりて時宜をいたせ、あいてのかくるゞは人を六ケ敷馬よりおろすまじきといふ事なれば、是は侍の時宜ふかし、人の時宜するに此方より時宜をせざるは大非義にて候、中あしくは用心のためにも馬よりおり、あしだをぬく事よき武士の作法なり、扨あゆみ行く人は、あなた時宜をし給はゝ中あしく共うちとけがほにて、ぼくりはく人ぬぎたらば、こなたはざうりをぬぎ、
現代語訳
一、路次で一人は馬に乗り足駄を履き、一人は徒歩で行けば、その人と互いに仲がよくても悪くても、徒歩の人が物陰へ隠れる事はもっともである。さてまた馬に乗り、あるいは足駄を履く人は、これもまたその人と仲がよくても悪くても、霞から下りて時宜をいたせ。相手が隠れるのは、人を難しく馬から下ろすまいという事であるから、これは侍の時宜が深い。人が時宜をするのに、こちらから時宜をしないのは大非義でございます。仲が悪ければ用心のためにも馬から下り、足駄を脱ぐ事がよい武士の作法である。さて歩み行く人は、あちらが時宜をされたなら仲が悪くても打ち解け顔で、木履を履く人が脱いだならこちらは草履を脱ぎ、馬から下りたなら鐙を押さえ申そうと口で言え。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」