甲陽軍鑑 / 品第四十
一人に慮外の儀、座敷にて友·傍輩の脇指又はひざなどにとりはづし、我足さはりたらば縱へ其人と中よくと、あしくと慇懃に畏り、手をつき三度戴くべし、いたゞかる人も、中よくとあしくと其時は、いかにもうちとけ、是れは迷惑と申して、あなたの手をいたゞくふりに仕るは是れたけき武士の作法ならん、人がいたゞくとて、それにのりかほをそらし、大きなる体をする人は十人·九人臆病に御座候、
新字:一人に慮外の儀、座敷にて友·傍輩の脇指又はひざなどにとりはづし、我足さはりたらば縦へ其人と中よくと、あしくと慇懃に畏り、手をつき三度戴くべし、いたゞかる人も、中よくとあしくと其時は、いかにもうちとけ、是れは迷惑と申して、あなたの手をいたゞくふりに仕るは是れたけき武士の作法ならん、人がいたゞくとて、それにのりかほをそらし、大きなる体をする人は十人·九人臆病に御座候、
書き下し
一人に慮外の儀、座敷にて友·傍輩の脇指又はひざなどにとりはづし、我足さはりたらば縦へ其人と中よくと、あしくと慇懃に畏り、手をつき三度戴くべし、いたゞかる人も、中よくとあしくと其時は、いかにもうちとけ、是れは迷惑と申して、あなたの手をいたゞくふりに仕るは是れたけき武士の作法ならん、人がいたゞくとて、それにのりかほをそらし、大きなる体をする人は十人·九人臆病に御座候、
現代語訳
一、人に慮外の儀。座敷で友や傍輩の脇指、または膝などに取り外して我が足が触れたならば、たとえその人と仲がよくても悪くても慇懃に畏まり、手をついて三度戴くべきである。戴かれる人も、仲がよくても悪くてもその時は、いかにも打ち解け、これは迷惑ですと申して、あちらの手を戴くふりをするのが、これが猛き武士の作法であろう。人が戴くからといって、それに乗って顔をそらし、大きな体をする人は、十人のうち九人は臆病でございます。
解説
足が当たった時の作法が細かく定められている。詫びる側は手をついて三度戴き、詫びられた側も打ち解けて相手の手を戴くふりをする。そして、詫びられて偉そうにする者は十人のうち九人が臆病だと結ばれる。受ける側の作法までが型になっている。受ける側の作法までが型になっている。詫びられて偉そうにする者は十人のうち九人が臆病だという一句が、この定めの理由を示している。
この章句が説くこと
作法慮外詫受ける臆病座敷
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