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甲陽軍鑑 / 品第四十

一右十六の內、我よき近づきか又は大略の知人にても、よき武士ならば仕合せよきもあしきも、あしう仕るべからず、一未練の侍なり共主君の御崇敬においては、ほめこそせず共珍重は申さん尤もなり、子細は其人をあがむるにあらず我君をあがむる儀なり、君をあがむるは我身を思ふ道理なり、いはれは主君の御かげ故をのれが渴命をつなくほどに如此、

新字:一右十六の内、我よき近づきか又は大略の知人にても、よき武士ならば仕合せよきもあしきも、あしう仕るべからず、一未練の侍なり共主君の御崇敬においては、ほめこそせず共珍重は申さん尤もなり、子細は其人をあがむるにあらず我君をあがむる儀なり、君をあがむるは我身を思ふ道理なり、いはれは主君の御かげ故をのれが渴命をつなくほどに如此、

書き下し

一右十六の内、我よき近づきか又は大略の知人にても、よき武士ならば仕合せよきもあしきも、あしう仕るべからず、一未練の侍なり共主君の御崇敬においては、ほめこそせず共珍重は申さん尤もなり、子細は其人をあがむるにあらず我君をあがむる儀なり、君をあがむるは我身を思ふ道理なり、いはれは主君の御かげ故をのれが渴命をつなくほどに如此、

現代語訳

右の十六のうち、我がよい近づきか、または大略の知人であっても、よい武士であるならば、巡り合わせのよいのも悪いのも悪くいたすべきではない。一、未練の侍であっても主君が御崇敬においては、褒めこそせずとも珍重は申そう、もっともである。子細は、その人を崇めるのではない、我が君を崇める儀である。君を崇めるのは我が身を思う道理である。いわれは、主君の御蔭ゆえに自分が渇命をつなぐほどに、このとおりである。

解説

気に入らない相手でも、主君が重んじている以上は粗末にしないという線。ただし理由が、その人のためでも主君のためでもなく、自分の身のためだと言い切られる。自分の暮らしが誰の蔭で立っているかを遡ると、そこへ行き着くという理屈である。自分の暮らしが誰の蔭で立っているかを遡ると、そこへ行き着くという理屈である。その人のためでも主君のためでもなく、自分の身のためだという。

この章句が説くこと

主君崇敬道理自分渇命

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