甲陽軍鑑 / 品第四十
去程に爰をよく信玄公思召付られ、原美濃など職をさせ給ふと推量申て候、此原美濃殿信玄家のすぐれたる武士故、存生のうち武田の家にて美濃と名乘者なし、永祿七甲子年に原入道死去ありてより、馬塲民部も屋形の御意を得奉りて馬塲美濃に罷成、其上我等の指物、おんべいは又小幡入道日意の指物乞取、さし申は我等一入小幡山城殿を信仰仕り、人數あつかひ少もさほう存ずる樣なるも、右小幡入道のたんをなめ、扨又城取の少わきまへあるは、
新字:去程に爰をよく信玄公思召付られ、原美濃など職をさせ給ふと推量申て候、此原美濃殿信玄家のすぐれたる武士故、存生のうち武田の家にて美濃と名乗者なし、永禄七甲子年に原入道死去ありてより、馬塲民部も屋形の御意を得奉りて馬塲美濃に罷成、其上我等の指物、おんべいは又小幡入道日意の指物乞取、さし申は我等一入小幡山城殿を信仰仕り、人数あつかひ少もさほう存ずる様なるも、右小幡入道のたんをなめ、扨又城取の少わきまへあるは、
書き下し
去程に爰をよく信玄公思召付られ、原美濃など職をさせ給ふと推量申て候、此原美濃殿信玄家のすぐれたる武士故、存生のうち武田の家にて美濃と名乗者なし、永禄七甲子年に原入道死去ありてより、馬塲民部も屋形の御意を得奉りて馬塲美濃に罷成、其上我等の指物、おんべいは又小幡入道日意の指物乞取、さし申は我等一入小幡山城殿を信仰仕り、人数あつかひ少もさほう存ずる様なるも、右小幡入道のたんをなめ、扨又城取の少わきまへあるは、
現代語訳
さるほどに、ここをよく信玄公が思し召し付けられ、原美濃などに職をおさせになるのだと推量申して候。この原美濃殿は信玄家のすぐれた武士であるゆえに、存命のうちは武田の家で美濃と名乗る者はいなかった。永禄七年甲子の年に原入道が死去してから、馬場民部も屋形の御意を得奉って馬場美濃になった。そのうえ我らの指物のおんべいは、また小幡入道日意の指物を乞い取って差し申すのは、我らがひとしお小幡山城殿を信仰いたし、人数の扱いを少しも作法どおり存ずるようであるのも、右の小幡入道の胆をなめ、さてまた城取りの少しの弁えがあるのは、山本勘介入道道鬼の雑談によってこのとおりであると、馬場美濃守が物語るのである。
解説

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『山鹿語類』士道・毋不敬師嘗て曰。格致を明にし、天地の大徳に比し、聖学の源流を正さんとならば、敬身ざるときは、何を以て其要を可得。身を敬するの術、先威儀の則を正しくするにありぬべし。許文正公曰。威儀正于外。則敬身之大体得矣といへり。爰に威儀の則何をか先にせんとならば、身にをいて視聴言動を非礼のために感動せしめざる、是威儀の要と可謂也。而威儀いかんして正しきとならば、曲礼曰、毋不敬と云、此三字を能く工夫するに可有也。凡そ礼は其本人心の不得止の処より出生して、事物の上に自然の節あつて、其文章厳然としておかすべからず、斐然としてあやあるべき、是を礼といふ。身上の動静悉く礼を用たれば、一動一静一語一黙、各礼節あり。礼節の本毋不敬の三字にきはまれり。其ゆへいかんとなれば、語黙動静の間に詳に思て、其節にあたらん事を計らば、不中と云とも不遠のことわり也。何の思ひはかる処なく、唯当座にまかせて是をいたし、情欲に従て発せしむるを以て、非礼の用多く、威儀こゝに廃しこゝに絶す。事物の間にをいて常に思を深くし詳に慮らば、各当然の則りに近かるべし。是を毋不敬と教ゆる也。