甲陽軍鑑 / 品第四十
それより山本勘介きこおよびたるほど分別·才覺ありて、工夫の知略よろしく思案の宏才者なり、一文字をひかず共、學問なくとも物識といふは此の勘介ならん、是れはたど智者と申す者也とて信虎公·信玄公二代へかけて四人の足輕大將と、此山本勘介をそへて五人衆に其年からなされ給ふなり一むろが入道がいはく、
新字:それより山本勘介きこおよびたるほど分別·才覚ありて、工夫の知略よろしく思案の宏才者なり、一文字をひかず共、学問なくとも物識といふは此の勘介ならん、是れはたど智者と申す者也とて信虎公·信玄公二代へかけて四人の足軽大将と、此山本勘介をそへて五人衆に其年からなされ給ふなり一むろが入道がいはく、
書き下し
それより山本勘介きこおよびたるほど分別·才覚ありて、工夫の知略よろしく思案の宏才者なり、一文字をひかず共、学問なくとも物識といふは此の勘介ならん、是れはたど智者と申す者也とて信虎公·信玄公二代へかけて四人の足軽大将と、此山本勘介をそへて五人衆に其年からなされ給ふなり一むろが入道がいはく、
現代語訳
それより山本勘介は、聞き及んでいたほど分別・才覚があって、工夫の知略がよろしく、思案の宏才者である。一文字を引かなくても、学問がなくても物知りというのは、この勘介であろう。これはただ智者と申す者であるといって、信虎公・信玄公の二代にかけての四人の足軽大将に、この山本勘介を添えて五人衆にその年からなされたのである。一むろが入道が言うには。
解説
召し出されてすぐの一席の受け答えだけで、信玄はその年のうちに勘介を足軽大将に加えた。字が読めず学問もないが物知りである、という前に出てきた智者の定義が、ここで具体の人物にあてはめられている。字が読めず学問もないが物知りである、という前に出てきた智者の定義が、ここで具体の人物にあてはめられている。採用の判断は一席で済んでいる。
この章句が説くこと
山本勘介智者学問登用足軽大将分別
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