甲陽軍鑑 / 品第四十
扨又いやしくも信玄公分別·才覺のまねをもつて、工夫·思案して唐國諸葛孔明陣をとりしき、備へまふけ城をかまへらるゝ儀尋て是をならひ、陣取を大小二にして其外人數備·三ツのかまへ·かずのはたらきやうを仕り、我子孫計りにあらず誰人なりと云共、於義義國の中において敷發の聚金物、車多そらにがひるるためせる玄が軍法如此と宣ふ也、扨又軍法の儀は別に一卷有之、
新字:扨又いやしくも信玄公分別·才覚のまねをもつて、工夫·思案して唐国諸葛孔明陣をとりしき、備へまふけ城をかまへらるゝ儀尋て是をならひ、陣取を大小二にして其外人数備·三ツのかまへ·かずのはたらきやうを仕り、我子孫計りにあらず誰人なりと云共、於義義国の中において敷発の聚金物、車多そらにがひるるためせる玄が軍法如此と宣ふ也、扨又軍法の儀は別に一巻有之、
書き下し
扨又いやしくも信玄公分別·才覚のまねをもつて、工夫·思案して唐国諸葛孔明陣をとりしき、備へまふけ城をかまへらるゝ儀尋て是をならひ、陣取を大小二にして其外人数備·三ツのかまへ·かずのはたらきやうを仕り、我子孫計りにあらず誰人なりと云共、於義義国の中において敷発の聚金物、車多そらにがひるるためせる玄が軍法如此と宣ふ也、扨又軍法の儀は別に一巻有之、
現代語訳
さてまた、いやしくも信玄公が分別・才覚の真似をもって工夫・思案し、唐国の諸葛孔明が陣を取り敷き、備えを設け城を構えられた儀を尋ねてこれを習い、陣取りを大小の二つにして、そのほか人数の備え、三つの構え、数の働きようをいたし、我が子孫ばかりではなく誰人であっても、信玄の軍法はこのとおりであると宣われるのである。さてまた軍法の儀は別に一巻がこれにある。
解説

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『弁名』性情才孔子曰く、「性相近し、習ひ相遠し」と。本と学を勧むるの言にして、性を論ずる者に非ず。蓋し君子と民と、其の未だ学ばざるに方りては、甚だしくは相遠からず、先王の道を習ひて以て君子の徳を成すに及びて、而る後に其の民に於けるや霄壌の異有るを見るを言ふのみ。故に其の所謂性相近しとは、亦た中人を語るのみ。中庸に曰く、「性に率ふ之を道と謂ふ」と。本と老氏の徒の先王の道を以て偽と為すが為なり。故に子思、先王は人の性に率ひて以て道を立て、之を強ふるに非ざるのみと言ふ。亦た性に率へば則ち自然に道有りと謂ふに非ざるなり。
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『童子問』卷中問ふ、楊亀山曰く、人性の上には一物をも添ふべからず。堯舜万世の法を為すも、亦只だ性に循ふのみと。而して欧陽永叔の所謂聖人人を教ふるに性は先にする所に非ずといふを以て非と為す。如何。曰く、欧陽子の言も、亦深く非とすべからざるなり。論語に曰く、性相近きなり、習相遠きなりと。此れ聖人性を責めずして、専ら習を責むるを見るなり。又曰く、教へ有りて類無しと。此れ性を貴ばずして、専ら教へを貴ぶを見るなり。蓋し教へ有れば、則ち性の美悪は論ぜざる所に在り。向に嘗て子の為に性道教の分を明らかにす。今又之を申明せん。
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『慎思録』巻之三聖人の道は、本自ら分明なり。故に夫婦の愚も、以て与り知るべし。本自ら簡易なり。故に夫婦の不肖も、以て能く行ふべし。然れども世に之を知り之を行ふ者鮮きは、何ぞや。蓋し教無く習無きに因るなり。
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『童子問』卷上問ふ、然らば則ち性は教より貴きかと。曰く、然らず。人皆性有り、性皆善なり。然れども学びて以て之を充たせば、則ち君子と為り、之を充たすこと能はざれば、則ち衆人なるのみ。性の恃むべからざること此の如し。故に云ふ、苟も之を充たさざれば、以て父母に事ふるに足らずと。孔子も亦た曰く、性相近きなり、習相遠きなりと。蓋し君子小人の分は、性に由らずして教に由る。故に夫子は性を責めずして、専ら習を責む。其の意見るべし。又曰く、人能く道を弘む、道人を弘むるに非ずと。亦た此の意なり。吾が夫子は生民より以来未だ嘗て有らざるの至聖を以て、古今を旁観し、天人を洞視し、剏めて生民の為に大教法を建てて、曰く、学ぶのみと。故に曰く、学びて時に之を習ふ、亦た説ばしからずやと。又曰く、吾嘗て終日食はず、終夜寝ねず、以て思ふ。益無し。学ぶに如かざるなりと。蓋し天下の至益は学問に如くは莫くして、夫の懸空臆想する者は、実に獲る所無きを言ふ。勉めよや。