甲陽軍鑑 / 品第四十
四大將のはたらき前代にもためしまれなる儀これなりと他界病死申、其余も其家々近邊に於て勿論、大剛なる儀共さこそは御座あるべけれとも、事ながうして際限なし、さるに付あまねくさたの有斗り紙面に書のせ申候、就中前の四大將取合は氏康公にちがふたる人は信玄公へ申入、信玄にちがふたる人は謙信公へ申入、謙信公にちがふたる人は信長公へ申入、信長公に違ふたる人は又信玄公へ賴み大身·小身·老若によらず右の四大將をまほり所に仕る故、
新字:四大将のはたらき前代にもためしまれなる儀これなりと他界病死申、其余も其家々近辺に於て勿論、大剛なる儀共さこそは御座あるべけれとも、事ながうして際限なし、さるに付あまねくさたの有斗り紙面に書のせ申候、就中前の四大将取合は氏康公にちがふたる人は信玄公へ申入、信玄にちがふたる人は謙信公へ申入、謙信公にちがふたる人は信長公へ申入、信長公に違ふたる人は又信玄公へ頼み大身·小身·老若によらず右の四大将をまほり所に仕る故、
書き下し
四大将のはたらき前代にもためしまれなる儀これなりと他界病死申、其余も其家々近辺に於て勿論、大剛なる儀共さこそは御座あるべけれとも、事ながうして際限なし、さるに付あまねくさたの有斗り紙面に書のせ申候、就中前の四大将取合は氏康公にちがふたる人は信玄公へ申入、信玄にちがふたる人は謙信公へ申入、謙信公にちがふたる人は信長公へ申入、信長公に違ふたる人は又信玄公へ頼み大身·小身·老若によらず右の四大将をまほり所に仕る故、
現代語訳
四大将の働きは前代にも例の稀な儀がこれであると申す。その余もその家々の近辺においてはもちろん、大剛の儀どもはさぞございましょうけれども、事が長くて際限がない。それにつけて、あまねく沙汰のあるばかりを紙面に書き載せ申し候。とりわけ前の四大将の取り合いは、氏康公と違った人は信玄公へ申し入れ、信玄と違った人は謙信公へ申し入れ、謙信公と違った人は信長公へ申し入れ、信長公と違った人はまた信玄公へ頼み、大身・小身・老若によらず右の四大将を守り所にいたすゆえに。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』尚同下然らば下の情を得るを計るに將に奈何せば可ならんとするか。故に子墨子曰く、「唯だ能く尚同一義を以て政を為して、然る後に可なり。何を以て尚同一義の可にして天下に政を為すを知るや。然らば胡ぞ古の治めて政を為すの説を審らかに稽えざるや。古者、天の始めて民を生ずるや、未だ正長有らざるなり。百姓、政を為す。若し茍くも百姓、政を為さば、是れ一人一義、十人十義、百人百義、千人千義なり。人の衆きこと勝げて計う可からざるに逮び至れば、則ち其の義と謂う所の者も、亦た勝げて計う可からず。此れ皆な其の義を是として、人の義を非とす。是を以て厚き者は鬬有り、而して薄き者は争有り。是の故に天下の一天下の義を同じくせんと欲するなり。是の故に賢者を選擇し、立てて天子と為す。
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『墨子』節葬下今、昔者の三代の聖王の既に沒せしに逮び至りて、天下、義を失う。後世の君子、或いは厚葬久喪を以て仁と為し、義と為し、孝子の事と為す。或いは厚葬久喪を以て仁義に非ず、孝子の事に非ずと為す。曰く、二子なる者は、言は則ち相い非とし、行いは即ち相い反す。皆な曰く、「吾れ上は堯舜禹湯文武の道を祖述する者なり」と。而も言は即ち相い非とし、行いは即ち相い反す。此に於て後世の君子、皆な二子なる者の言に疑惑す。
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易経・彖伝睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
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『墨子』尚同上子墨子言いて曰く、古者、民、始めて生じて未だ刑政有らざる時、盖し其の語、人ごとに義を異にす。是を以て一人なれば則ち一義、二人なれば則ち二義、十人なれば則ち十義。其の人、滋いよ衆ければ、其の義と謂う所の者も亦た滋いよ衆し。是を以て人は其の義を是として、以て人の義を非とす。故に交ごも相い非とし是とするなり。内なる者は父子兄弟、怨惡を作し、離散して相い和合する能わず。天下の百姓、皆な水火毒藥を以て相い虧害し、餘力有るに至るも以て相い勞う能わず。餘財を府列するも以て相い分かたず、良道を隠匿するも以て相い教えず。天下の亂るること、禽獸の若く然り。
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論語・子路篇子貢問いて曰く、「郷人皆之を好まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。」「郷人皆之を悪まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。郷人の善き者之を好み、其の善からざる者之を悪むには如かず。」
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『墨子』公孟子墨子、程子と辯じて、孔子を稱す。程子曰く、「儒を非として、何の故に孔子を稱するや」と。子墨子曰く、「是れ亦た當たりて易う可からざる者なり。今、鳥は熱旱の憂いを聞けば則ち髙く、魚は熱旱の憂いを聞けば則ち下る。此に當たりては禹湯之が謀を為すと雖も、必ず易うる能わざらん。魚鳥は愚と謂う可し。禹湯も猶お云に焉に因る。今、翟、曽て孔子を稱すること無からんや」と。