甲陽軍鑑 / 品第四十
その翌日に、そりはたけにおひて馬塲美濃·內藤此義をさたして信玄公御前において四郞殿をほめ奉り、感淚をながし候へば、信玄公とかくの御挨拶もなく仰らるゝ、そうふの涙多と云ふて武き武士は、いづれも淚もろし、大唐の韓信變噲物を感じて涙をながす事はやし、又我家にても、むかし荻原常陸淚もろかりつると聞く、旁も同前なりと御意なされ、
新字:その翌日に、そりはたけにおひて馬塲美濃·内藤此義をさたして信玄公御前において四郎殿をほめ奉り、感涙をながし候へば、信玄公とかくの御挨拶もなく仰らるゝ、そうふの涙多と云ふて武き武士は、いづれも涙もろし、大唐の韓信変噲物を感じて涙をながす事はやし、又我家にても、むかし荻原常陸涙もろかりつると聞く、旁も同前なりと御意なされ、
書き下し
その翌日に、そりはたけにおひて馬塲美濃·内藤此義をさたして信玄公御前において四郎殿をほめ奉り、感涙をながし候へば、信玄公とかくの御挨拶もなく仰らるゝ、そうふの涙多と云ふて武き武士は、いづれも涙もろし、大唐の韓信変噲物を感じて涙をながす事はやし、又我家にても、むかし荻原常陸涙もろかりつると聞く、旁も同前なりと御意なされ、
現代語訳
その翌日に、そりはたけにおいて馬場美濃・内藤がこの義を沙汰して、信玄公の御前で四郎殿を褒め奉り、感涙を流したところ、信玄公はとやかくの御挨拶もなく仰せられる。壮夫は涙多しといって、猛き武士はいずれも涙もろい。大唐の韓信や樊噲が物に感じて涙を流す事は早い。また我が家でも、昔、荻原常陸は涙もろかったと聞く。あなた方も同前であると御意なされ。
解説
重臣が二人がかりで勝頼を褒め、涙まで流したのに、信玄は勝頼の話には触れず、涙もろさのほうを話題にして韓信や樊噲を引く。褒め言葉を受け取らないという返し方で、次の一文が効いてくる。褒め言葉を受け取らないという返し方で、次の一文が効いてくる。重臣が涙まで流したのに、信玄は涙もろさのほうを話題にしている。
この章句が説くこと
勝頼褒沈黙涙韓信信玄
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