甲陽軍鑑 / 品第四十
一或る時信玄公宣ふ、國持大將人をつかふに、ひとむきの侍をすき候て、其崇敬する者共おなじ行義作法の人ばかり念比して、めしつかふこと信玄は大に嫌たり、子細は先、大身·小身共に然るべき侍は作法にて庭に四本がゝりを仕る、就中春は櫻の色めき柳は綠とくすむ、春過て兩木の爭そひおはる、とかくと夏を送り秋になれば、ちらんとかなしむ、かえでが紅葉して、暮煙秋雨に經ると吟ぜらるゝ事、樣々の仕形ありといへども、冬にいたりては是又一ツもなし、去る程に常住かはらぬ松の色、今こそすがたをあらはすなれ、
新字:一或る時信玄公宣ふ、国持大将人をつかふに、ひとむきの侍をすき候て、其崇敬する者共おなじ行義作法の人ばかり念比して、めしつかふこと信玄は大に嫌たり、子細は先、大身·小身共に然るべき侍は作法にて庭に四本がゝりを仕る、就中春は桜の色めき柳は綠とくすむ、春過て両木の争そひおはる、とかくと夏を送り秋になれば、ちらんとかなしむ、かえでが紅葉して、暮煙秋雨に経ると吟ぜらるゝ事、様々の仕形ありといへども、冬にいたりては是又一ツもなし、去る程に常住かはらぬ松の色、今こそすがたをあらはすなれ、
書き下し
一或る時信玄公宣ふ、国持大将人をつかふに、ひとむきの侍をすき候て、其崇敬する者共おなじ行義作法の人ばかり念比して、めしつかふこと信玄は大に嫌たり、子細は先、大身·小身共に然るべき侍は作法にて庭に四本がゝりを仕る、就中春は桜の色めき柳は綠とくすむ、春過て両木の争そひおはる、とかくと夏を送り秋になれば、ちらんとかなしむ、かえでが紅葉して、暮煙秋雨に経ると吟ぜらるゝ事、様々の仕形ありといへども、冬にいたりては是又一ツもなし、去る程に常住かはらぬ松の色、今こそすがたをあらはすなれ、
現代語訳
ある時、信玄公が宣われる。国持ちの大将が人を使うのに、一向きの侍を好んで、その崇敬する者どもと同じ行儀作法の人ばかりを懇ろにして召し使うことを、信玄は大いに嫌う。子細は、まず大身・小身ともにしかるべき侍は、作法として庭に四本掛かりをいたす。とりわけ春は桜が色めき、柳は緑と煙る。春が過ぎて両木の争いは終わる。とかくして夏を送り、秋になれば、散ろうとするのを悲しむ楓が紅葉して、暮れの煙や秋の雨に経ると吟じられる事、様々のやり方があるといっても、冬に至ってはこれもまた一つもない。さるほどに、常に変わらぬ松の色が、今こそ姿を現すのである。
解説
この章句が説くこと
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尉繚子・十二陵悔いは疑わしきを任ずるに在り。
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