甲陽軍鑑 / 品第四十
二番に耳をすまして武士雜談きくわらんべは後に別はなきぞ、信虎より我等まで二代へかけはしり廻る、横田備中·原美濃守·小幡山城·多田淡路·我代に尋得たる山本勘介·北條氏康のため大藤金谷、かよう武篇おぼへの者になるなり、三番に此雜談を聞候て、にこ〳〵とわらひておもしろがる童は、後に武邊ほまれの者にかならずなるといへども、あまりすぎて權だかうして人にこくみをうる者なり、
新字:二番に耳をすまして武士雑談きくわらんべは後に別はなきぞ、信虎より我等まで二代へかけはしり廻る、横田備中·原美濃守·小幡山城·多田淡路·我代に尋得たる山本勘介·北条氏康のため大藤金谷、かよう武篇おぼへの者になるなり、三番に此雑談を聞候て、にこ〳〵とわらひておもしろがる童は、後に武辺ほまれの者にかならずなるといへども、あまりすぎて権だかうして人にこくみをうる者なり、
書き下し
二番に耳をすまして武士雑談きくわらんべは後に別はなきぞ、信虎より我等まで二代へかけはしり廻る、横田備中·原美濃守·小幡山城·多田淡路·我代に尋得たる山本勘介·北条氏康のため大藤金谷、かよう武篇おぼへの者になるなり、三番に此雑談を聞候て、にこ〳〵とわらひておもしろがる童は、後に武辺ほまれの者にかならずなるといへども、あまりすぎて権だかうして人にこくみをうる者なり、
現代語訳
二番めに耳を澄まして武士の雑談を聞く童は、後に別条がないぞ。信虎から我らまで二代にかけて走り回った、横田備中・原美濃守・小幡山城・多田淡路、我が代に尋ね得た山本勘介、北条氏康のためには大藤や金谷。このように武辺の覚えのある者になるのである。三番めにこの雑談を聞いて、にこにこと笑って面白がる童は、後に武辺の誉れの者に必ずなるといっても、あまり過ぎて権高になって人に憎まれる者である。
解説
耳を澄ます子は名の残る武辺者になる、と実名を並べて示す。三番めの、笑って面白がる子も武辺の誉れを取るが、行き過ぎて権高になり人に憎まれると但し書きが付く。同じ有能でも、聞く姿勢の違いが後の欠点の形まで決めている。同じ有能でも、聞く姿勢の違いが後の欠点の形まで決めている。笑って面白がる子は誉れを取るが、行き過ぎて権高になると但し書きが付く。
この章句が説くこと
聞き方童武辺権高見分け横田
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