甲陽軍鑑 / 品第四十
侍をわらんべの時めしつかふに、見知樣子大方四ツあり、一人武士道におぼへの者、二人かひ〳〵しき者、三人はしりめぐり一かど仕べき利口者、三人寄合武者雜談いたす所にて童らべ四人其座敷にあり、一人は口をあき、かたる者のかほばかりみてきく、二人めは耳をすまし、ちとうつふきて是を聞、三人めは、かたる人の顏をみて少しづゝ笑ひ、ゑみがほし退く、かやうに色々有、先始のうか〳〵と聞童べ後迄も其心とをり、いかわねばに武篇·塲數ありても、跡さきのわきまへもなく形義取ひろけ、つゞかぬ作法なれば、似あはしき內の者の然るべきをももたず、よき友·傍輩の異見うくる近づきもなきもの也、
新字:侍をわらんべの時めしつかふに、見知様子大方四ツあり、一人武士道におぼへの者、二人かひ〳〵しき者、三人はしりめぐり一かど仕べき利口者、三人寄合武者雑談いたす所にて童らべ四人其座敷にあり、一人は口をあき、かたる者のかほばかりみてきく、二人めは耳をすまし、ちとうつふきて是を聞、三人めは、かたる人の顔をみて少しづゝ笑ひ、ゑみがほし退く、かやうに色々有、先始のうか〳〵と聞童べ後迄も其心とをり、いかわねばに武篇·塲数ありても、跡さきのわきまへもなく形義取ひろけ、つゞかぬ作法なれば、似あはしき内の者の然るべきをももたず、よき友·傍輩の異見うくる近づきもなきもの也、
書き下し
侍をわらんべの時めしつかふに、見知様子大方四ツあり、一人武士道におぼへの者、二人かひ〳〵しき者、三人はしりめぐり一かど仕べき利口者、三人寄合武者雑談いたす所にて童らべ四人其座敷にあり、一人は口をあき、かたる者のかほばかりみてきく、二人めは耳をすまし、ちとうつふきて是を聞、三人めは、かたる人の顏をみて少しづゝ笑ひ、ゑみがほし退く、かやうに色々有、先始のうか〳〵と聞童べ後迄も其心とをり、いかわねばに武篇·塲数ありても、跡さきのわきまへもなく形義取ひろけ、つゞかぬ作法なれば、似あはしき内の者の然るべきをももたず、よき友·傍輩の異見うくる近づきもなきもの也、
現代語訳
信玄公が宣われる。侍を子どもの時から召し使うのに、見知る様子はおおかた四つある。一人は武士道に覚えのある者、二人はかいがいしい者、三人は走り回って一かどをつとめる利口者。三人が寄り合って武者話をいたす所で、童が四人その座敷にいる。一人は口を開いて、語る者の顔ばかり見て聞く。二人めは耳を澄まし、少しうつむいてこれを聞く。三人めは、語る人の顔を見て少しずつ笑い、笑顔で退く。このようにいろいろある。まず初めのうかうかと聞く童は、後までもその心のとおりで、いかにも武辺・場数があっても後先の弁えもなく、行儀が取り広げてつながらない作法であるから、似合わしい内の者のしかるべきをも持たず、よい友や傍輩の異見を受ける近づきもない者である。
解説

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『甲陽軍鑑』品第四十四番に武者雑談の時、其座をたつわらんべは後に十人の中八人·九人は臆病者なり、縦へ一二人未練になくとも、人の跡につき合戦·せりあひの時、追頸の人なみに逃る敵をうちても鑓下の本の高名と存知、異見をいひまはり、よき武士本の手抦を仕る儀あれば、をのれが心にあてがふて是も我ごとくにうち、よき人をうちてこそ人のこりなるをもつて、大剛にいはれぞするらんと思て、人間にあまりちがふたる人は、世の中にあるまじきと能武士をそねみ、口にまかせて申事、右のおさなき時、武篇雑談の座敷を立つ童べ、おとなに成ての仕形如此と信玄公宣ふ也、
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『甲陽軍鑑』品第四十二番に耳をすまして武士雑談きくわらんべは後に別はなきぞ、信虎より我等まで二代へかけはしり廻る、横田備中·原美濃守·小幡山城·多田淡路·我代に尋得たる山本勘介·北条氏康のため大藤金谷、かよう武篇おぼへの者になるなり、三番に此雑談を聞候て、にこ〳〵とわらひておもしろがる童は、後に武辺ほまれの者にかならずなるといへども、あまりすぎて権だかうして人にこくみをうる者なり、
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『甲陽軍鑑』品第四十子細は信玄公わかうまします時より、諸侍のことばをよくきゝ、分別あるも、なきも、つよからんも、よはからんも其人の物いふ儀にてつもり被成たるが、今日にいたるまでも、それがしむけんならくへ堕罪仕らん、少もあひちがはず候、さるほどに、よき事をもほめ所を見いだし、聞付穿鑿の取さたをもつて善をば善と定め、悪をば悪とさだめ、道理をつめてほめそしる武士の作法なり、さなくして、かたはし聞て我贔負の者を虚空によきとばかり批判する事女にあひにたる侍、と信玄公の常々御諚これなり、如此有様にせんさくあそばす故、若手に能武士出くるなりと阿部加賀守申て、金丸助六郎·同惣蔵にをしゆる也、
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『甲陽軍鑑』品第十二必ず能き大将の下には侍衆先第一は大小共に慇懃を面にする、縦へそゝげたる様にても真なり、芸なき様にても身の能あり、馬を乗り弓を射、兵法をつかひ鉄炮を打、乱舞をも存じ、花を立、仕付方何事もそれ〳〵に恥をかゝず、殊に弓矢の義は心懸け强ければ、祖父·親·兄弟·親類·近付の覚有人に立入り、雑談をこまかに聞き、能く心に治むるに付十五六歳にて一度も陣をいたさずとも、悪き家にて覚の衆よりは心至つて物のすべを能しり、一言申ことも手首尾逢て残べし、
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『甲陽軍鑑』品第十四扨又一切の侍衆の内にも四人と、又高坂弾正が小眼より見立て候聞き給へ長坂長閑·跡部大炊助殿、一番に少しも戯げずして兵あり、二番に馬嫁にて兵あり、三番に利発にて臆病なる人あり、四番に馬嫁にて臆病なる人あり、一利発にて心の剛なる人をば世間の者憎むなり、一利発にて臆病なる者は人の機に入りて走り廻り近付き多し、一馬嫁にて兵は手抦をいたしても、あまり人が存ぜぬ者なり、馬嫁にて臆病なるをば人のなぶり者になり、結句衆人愛多し、
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『甲陽軍鑑』品第四十如件一或る時信玄公宣ふ、世中の人は色々あり、旣に分別ありて才覚なき人もあり、才覚ありて慈悲のなき人もあり慈悲ありて人をみしらぬも有、人をみしらぬ者は大身は崇敬する者共十人の内八人役にたゝぬ者多し、小身は其熟根する傍輩のあしきつれに近付なり、如此色々様々かわりてみゆれども、それはたと分別のいたらぬ心なり、分別さへ能々すぐれてある人は、才覚にも遠慮にも、人をしるにも功をなすにも、何事に付てもよからん、さる程に、人間は分別の二字諸色のもとゝ存知、朝に心ざし、