甲陽軍鑑 / 品第四十
小幡山城の雜談にせりあひの時は、敵よりまづ味方をよく見合候て、其上にて一命を捨かせぐときんば犬死もなし、人にもさのみこされずして、其手抦まつたしと有つるを此馬塲美濃も其まねを仕り、戰ひやうすの相色を以て如此、其あいろとは先、味方ふか入の時、手がらをやめて其備中に口を聞衆と相談申、早々引とる時しんがりをいたせば、はやそれが手抦なり、又敵方味方の地へ深く來らば、敵の甲の吹返しに目をつくる事是秘事なり、扨は敵さし物ゆるぎやうを二ツをよく勘て盛なるをひかへ衰ふるをかこると小山田に馬塲をしゆるなり、但し是は一騎にて奉公する侍のかせぐかくのごとしと馬塲美濃守申され候、
新字:小幡山城の雑談にせりあひの時は、敵よりまづ味方をよく見合候て、其上にて一命を捨かせぐときんば犬死もなし、人にもさのみこされずして、其手抦まつたしと有つるを此馬塲美濃も其まねを仕り、戦ひやうすの相色を以て如此、其あいろとは先、味方ふか入の時、手がらをやめて其備中に口を聞衆と相談申、早々引とる時しんがりをいたせば、はやそれが手抦なり、又敵方味方の地へ深く来らば、敵の甲の吹返しに目をつくる事是秘事なり、扨は敵さし物ゆるぎやうを二ツをよく勘て盛なるをひかへ衰ふるをかこると小山田に馬塲をしゆるなり、但し是は一騎にて奉公する侍のかせぐかくのごとしと馬塲美濃守申され候、
書き下し
小幡山城の雑談にせりあひの時は、敵よりまづ味方をよく見合候て、其上にて一命を捨かせぐときんば犬死もなし、人にもさのみこされずして、其手抦まつたしと有つるを此馬塲美濃も其まねを仕り、戦ひやうすの相色を以て如此、其あいろとは先、味方ふか入の時、手がらをやめて其備中に口を聞衆と相談申、早々引とる時しんがりをいたせば、はやそれが手抦なり、又敵方味方の地へ深く来らば、敵の甲の吹返しに目をつくる事是秘事なり、扨は敵さし物ゆるぎやうを二ツをよく勘て盛なるをひかへ衰ふるをかこると小山田に馬塲をしゆるなり、但し是は一騎にて奉公する侍のかせぐかくのごとしと馬塲美濃守申され候、
現代語訳
小幡山城の雑談に、競り合いの時は、敵よりまず味方をよく見合わせて、そのうえで一命を捨てて稼ぐならば犬死にもなく、人にもそれほど越されずに、その手柄は全きものだとあったのを、この馬場美濃もその真似をいたし、戦の様子の相色をもってこのとおりである。その相色とは、まず味方が深入りの時は、手柄をやめてその備えの中で口を利く衆と相談し、早々に引き取る時に殿をいたせば、早くもそれが手柄である。また敵が味方の地へ深く来たならば、敵の甲の吹返しに目をつける事、これが秘事である。さては敵の指物の揺れようの二つをよく勘えて、盛んなのを控え、衰えるのを囲むと、小山田に馬場が教えるのである。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十別に手負ざるはたらきとては何と功者武士も有まじげれ共、さてこざかしく眼をきゝたらば、さだめてよかるべし、大身·小身共にある事也ときこゆる子細は、古人曰、善陣者不戦、善戦者不死と言程にと申さるれば、小山田弥三郎又問ふ、よく戦のやうは如何といへば、そこにて馬塲申さるゝは、
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『甲陽軍鑑』品第四十むかしが今に至るまで武士の作法にて候と馬塲美濃守申しさだむるなり一馬塲美濃守申す、右はなしうちの者、手がらにて討手の人をきりころして後、各科人をしとむるといふ共、一の手がらは、かばねの上まではじめぬき出たる人の手がらならん、子細は勝負をして人を一人きりころすにおいては、ちとくたびるゝものにて候、それは後の世にも度々勝負なされつけたる人、此合点尤もなるべし、合戦·せりあひの時、おひ頸の事はいかんもあれ、辛労して仕る高名はしるし一ツにてもちとくたびれ候、草臥は又次の勝負は存分のごとく成りかぬるなり、
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『甲陽軍鑑』品第四十但しいかにさきへかゝりても、科人に手をおふせずして立ちのき、縦ひ一二ヶ所切り付けても、つどいて出る人にわたして引きこみたらんには、それ又跡に出る人一ツなり、ことに座中ほどにて其塲へ出で、人なみに少しの首尾に逢ふ共ケ様の人はすぐれたる武士と馬塲美濃守ほめられ候、
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『甲陽軍鑑』品第四十さるにつき、はじめまづきりあふ人の手抦一なり、二番目にころす人も、はじめ勝負いたす人につゞきての手抦なり、此わかりは人のかとらぬに、一人勝負をはじむる意地は人にすぐれてやさしく、此者合戦·せりあひにもかくのごとくの上は定めて一番鑓ならん、扨又人にたゝかはせて、仕よき所へ参るは右の人より、はる〳〵間のある心ばせなる故、是をば、ほそ心ばせと、
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『甲陽軍鑑』品第四十又此したにて何ぞの出入に、よの人にても今の小幡にても、つよみなる事を申したらば、縦へしんそこから、生れつきてつよき人のいふ共御成敗なされん、度々これは我等の一入おほへて候、其御臆意は何と有る事ぞ批判して見給へ、と小山田弥三郎に馬塲美濃守とへば、小山田弥三郎言下よりいふ、
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『甲陽軍鑑』品第四十二某の軍法少し存知たる義、城取は山本道鬼人数あつかひ又は敵の甲乙を見しる事、小幡山城入道日意の雑談にて鍛錬仕りたりと申さるゝ、もろが入道の功者も其方万づ功の入たるも、かいづ二ツのくるわに山城を指をかれ、