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甲陽軍鑑 / 品第四十

別に手負ざるはたらきとては何と功者武士も有まじげれ共、さてこざかしく眼をきゝたらば、さだめてよかるべし、大身·小身共にある事也ときこゆる子細は、古人曰、善陣者不戰、善戰者不死と言程にと申さるれば、小山田彌三郞又問ふ、よく戰のやうは如何といへば、そこにて馬塲申さるゝは、

新字:別に手負ざるはたらきとては何と功者武士も有まじげれ共、さてこざかしく眼をきゝたらば、さだめてよかるべし、大身·小身共にある事也ときこゆる子細は、古人曰、善陣者不戦、善戦者不死と言程にと申さるれば、小山田弥三郎又問ふ、よく戦のやうは如何といへば、そこにて馬塲申さるゝは、

書き下し

別に手負ざるはたらきとては何と功者武士も有まじげれ共、さてこざかしく眼をきゝたらば、さだめてよかるべし、大身·小身共にある事也ときこゆる子細は、古人曰、善陣者不戦、善戦者不死と言程にと申さるれば、小山田弥三郎又問ふ、よく戦のやうは如何といへば、そこにて馬塲申さるゝは、

現代語訳

別に手を負わない働きというものは、どんな功者な武士にもありますまいけれども、さて小賢しく眼を利かせたならば、きっとよいでしょう。大身・小身ともにある事であると聞こえる子細は、古人が曰く、善く陣する者は戦わず、善く戦う者は死せず、と言うほどですからと申されると、小山田弥三郎がまた問う。よく戦う様子はどうであるかと言えば、そこで馬場が申されるには。

解説

傷を負わない術など特別にはない、と一度否定してから、眼を利かせればよいと言う。そして古語を引く。よく陣を敷く者はそもそも戦わずに済み、よく戦う者は死なない。備えの段階で勝負がついているという考え方で、次の段でその中身が明かされる。備えの段階で勝負がついているという考え方である。よく陣を敷く者はそもそも戦わずに済み、よく戦う者は死なない、という古語が引かれている。

この章句が説くこと

善陣不戦不死備え古語馬場

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