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甲陽軍鑑 / 品第四十

旣に貴殿は當屋形信玄公に七歲さきの人にて候へば、信虎公の御代にも其方十七歲より陣をなされ、八年の功瑳の上、信玄公の御代にも七八年は小身にて、しかも時により先衆の中へもまじり給ひ、右二代の間に廿一度武篇·塲數の御證文の中に諸手にすぐれたるとある儀九ツ御座候、御感狀を信虎公·信玄公御父子より馬塲美濃殿に被下たりと云ふ儀承り及びたるが、たゞ事ならぬ冥加の人にて、ことに手疵を一ケ所もおひ給はず候、貴殿にくらべて申には努々なし、喩にて申、今井九兵衞は、せりあひ·合戰の初まると即時手を負ふて、此時代の衆の中にて覺になる譽れ一度もなし、是も形のごとくの人なれど、

新字:旣に貴殿は当屋形信玄公に七歳さきの人にて候へば、信虎公の御代にも其方十七歳より陣をなされ、八年の功瑳の上、信玄公の御代にも七八年は小身にて、しかも時により先衆の中へもまじり給ひ、右二代の間に廿一度武篇·塲数の御證文の中に諸手にすぐれたるとある儀九ツ御座候、御感状を信虎公·信玄公御父子より馬塲美濃殿に被下たりと云ふ儀承り及びたるが、たゞ事ならぬ冥加の人にて、ことに手疵を一ケ所もおひ給はず候、貴殿にくらべて申には努々なし、喩にて申、今井九兵衛は、せりあひ·合戦の初まると即時手を負ふて、此時代の衆の中にて覚になる誉れ一度もなし、是も形のごとくの人なれど、

書き下し

旣に貴殿は当屋形信玄公に七歳さきの人にて候へば、信虎公の御代にも其方十七歳より陣をなされ、八年の功瑳の上、信玄公の御代にも七八年は小身にて、しかも時により先衆の中へもまじり給ひ、右二代の間に廿一度武篇·塲数の御證文の中に諸手にすぐれたるとある儀九ツ御座候、御感状を信虎公·信玄公御父子より馬塲美濃殿に被下たりと云ふ儀承り及びたるが、たゞ事ならぬ冥加の人にて、ことに手疵を一ケ所もおひ給はず候、貴殿にくらべて申には努々なし、喩にて申、今井九兵衛は、せりあひ·合戦の初まると即時手を負ふて、此時代の衆の中にて覚になる誉れ一度もなし、是も形のごとくの人なれど、

現代語訳

ある時、小山田弥三郎が馬場美濃守に問う。すでに貴殿は当屋形信玄公より七つ年上の人でございますから、信虎公の御代にも、その方は十七歳から陣をなされ、八年の功のうえ、信玄公の御代にも七、八年は小身で、しかも時によって先衆の中へも交じられ、右の二代のあいだに二十一度の武辺・場数の御証文の中で、諸手にすぐれたとある儀が九つございます。御感状を信虎公・信玄公御父子から馬場美濃殿に下されたということを承り及んでいますが、ただ事ではない冥加の人で、ことに手疵を一か所も負われておりません。貴殿に比べて申すのでは決してありません。たとえで申しますが、今井九兵衛は、競り合いや合戦が始まるとすぐに手を負って、この時代の衆の中で覚えになる誉れが一度もない。これも形のとおりの人ですけれども。

解説

問いの立て方が丁寧で、相手の経歴を年数と回数で押さえたうえで尋ねている。二十一度の場数のうち九度が抜群と認められ、それでいて傷を一つも負っていない。対照として、始まるとすぐ傷を負い誉れが一度もない者の名を挙げ、その差はどこから来るのかと問う。二十一度の場数のうち九度が抜群で、しかも傷が一つもない。対照として、始まるとすぐ傷を負う者の名を挙げ、その差の出どころを尋ねている。

この章句が説くこと

馬場場数無傷冥加実績

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