甲陽軍鑑 / 品第四十
是は歌をよむか、物を書か、家康つはさを長閑存知たらば申せとある、長閑承り此家康事は一文不通の人にて、少も花車なる事なくして一段無道なると申ならはし候と申せば、信玄公御諚には國もちの武功なくして、花車成は結句賤しきにたとへたり、又國もちの武篇して無能なるは、いたりて花車なると、これをいふ子細は、
新字:是は歌をよむか、物を書か、家康つはさを長閑存知たらば申せとある、長閑承り此家康事は一文不通の人にて、少も花車なる事なくして一段無道なると申ならはし候と申せば、信玄公御諚には国もちの武功なくして、花車成は結句賤しきにたとへたり、又国もちの武篇して無能なるは、いたりて花車なると、これをいふ子細は、
書き下し
是は歌をよむか、物を書か、家康つはさを長閑存知たらば申せとある、長閑承り此家康事は一文不通の人にて、少も花車なる事なくして一段無道なると申ならはし候と申せば、信玄公御諚には国もちの武功なくして、花車成は結句賤しきにたとへたり、又国もちの武篇して無能なるは、いたりて花車なると、これをいふ子細は、
現代語訳
これは歌を詠むか、物を書くか、家康の翼を長閑が存じていたら申せ、とある。長閑が承って、この家康の事は一文不通の人で、少しも風雅なる事がなくて、一段と無骨であると申し習わしておりますと申すと、信玄公の御諚には、国持ちで武功がなくて風雅であるのは、結局は賤しいのにたとえられる。また国持ちで武辺をして無能であるのは、至って風雅であると、これを言うのである。
解説
家康は文字も読めず風雅の心もないと聞かされて、信玄はそれを褒める。武功がないのに風雅な国持ちは賤しく、武辺があって無能に見えるほうが至って風雅だという逆転で、直前に婿の自筆の歌を見せられていることを思えば、答えは相当に辛い。直前に婿の自筆の歌を見せられていることを思えば、この答えは相当に辛い。武辺があって無能に見えるほうが至って風雅だという逆転である。
この章句が説くこと
風雅武功家康無骨評価国持
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