甲陽軍鑑 / 品第四十
扨又がさつ仁は、分別も遠慮もなく無理に物を申、遠慮者·分別者の詞少なきを未練と思へ共、勝負を付る所にてはじめて妻子を思ひいたすにより、はたしぎはにて、がさつ者は必最期隨分になし、扨こそがさつは臆病のはな也、
新字:扨又がさつ仁は、分別も遠慮もなく無理に物を申、遠慮者·分別者の詞少なきを未練と思へ共、勝負を付る所にてはじめて妻子を思ひいたすにより、はたしぎはにて、がさつ者は必最期随分になし、扨こそがさつは臆病のはな也、
書き下し
扨又がさつ仁は、分別も遠慮もなく無理に物を申、遠慮者·分別者の詞少なきを未練と思へ共、勝負を付る所にてはじめて妻子を思ひいたすにより、はたしぎはにて、がさつ者は必最期随分になし、扨こそがさつは臆病のはな也、
現代語訳
さてまた、がさつな人は分別も遠慮もなく、無理に物を申し、遠慮者や分別者の言葉が少ないのを未練だと思うけれども、勝負をつける所で初めて妻子を思い出すので、果たし際になって、がさつな者は必ず最期をいい加減にする。だからこそ、がさつは臆病の花であるという。
解説
がさつと臆病を一つにつなぐ結論。前もって考えない者は、いざその場になって初めて失うものを思い出し、そこで崩れる。花という言葉が効いていて、根は同じで見えている部分だけが違う、ということになる。花という言葉が効いていて、根は同じで見えている部分だけが違う、ということになる。前もって考えない者は、その場で必ず崩れる。
この章句が説くこと
がさつ臆病遠慮最期勝負妻子
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