甲陽軍鑑 / 品第四十
世間に侍の事は申に及ばず、奉公人·下々迄も、其生付たる形義有べし、右の人をみそこなひのあらん、一ツには分別有者を侫人と見る、二には遠慮の深き者を臆病とみん、三にはがさつ成人を兵とみん、是大成るあやまり成べし、分別の有人は十を七分殘して三分申す、遠慮深き者は跡先をふみ、常に萬事を大事にする、それはいひ出る程にて勝負をつくるにより妻子の思案前に仕る故、物云ふ程なれば實否をつくる、是を遠慮と云ふ、此遠慮をしらずして臆病と見ん、左樣に見る人は皆未練ならん、
新字:世間に侍の事は申に及ばず、奉公人·下々迄も、其生付たる形義有べし、右の人をみそこなひのあらん、一ツには分別有者を侫人と見る、二には遠慮の深き者を臆病とみん、三にはがさつ成人を兵とみん、是大成るあやまり成べし、分別の有人は十を七分残して三分申す、遠慮深き者は跡先をふみ、常に万事を大事にする、それはいひ出る程にて勝負をつくるにより妻子の思案前に仕る故、物云ふ程なれば実否をつくる、是を遠慮と云ふ、此遠慮をしらずして臆病と見ん、左様に見る人は皆未練ならん、
書き下し
世間に侍の事は申に及ばず、奉公人·下々迄も、其生付たる形義有べし、右の人をみそこなひのあらん、一ツには分別有者を侫人と見る、二には遠慮の深き者を臆病とみん、三にはがさつ成人を兵とみん、是大成るあやまり成べし、分別の有人は十を七分残して三分申す、遠慮深き者は跡先をふみ、常に万事を大事にする、それはいひ出る程にて勝負をつくるにより妻子の思案前に仕る故、物云ふ程なれば実否をつくる、是を遠慮と云ふ、此遠慮をしらずして臆病と見ん、左様に見る人は皆未練ならん、
現代語訳
世間に侍のことは申すに及ばず、奉公人・下々までも、その生まれついた行儀があるはずである。右の人を見損なうことがあろう。一つには分別のある者を侫人と見る。二つには遠慮の深い者を臆病と見る。三つにはがさつな人を兵と見る。これは大きな誤りであろう。分別のある人は、十のうち七分を残して三分を申す。遠慮の深い者は後先を踏み、常に万事を大事にする。それは、言い出すほどのことで勝負をつけることになるので、妻子の思案を前にする。物を言うほどであれば実否をつける。これを遠慮という。この遠慮を知らずに臆病と見る。そのように見る人はみな未練であろう。
解説
この章句が説くこと
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