甲陽軍鑑 / 品第十三
卷第五弱過たる大將の事弱過たる大將の事付兩上杉井北條家生起合嚴物語事第三番に臆病なる大將は、心愚痴にして女に似たる故、人を猜みとめる者を好み詔へるを愛し、物ごと無穿鑿に分別なく、無慈悲にして心至らねば人を見しり給はず、機のはしりたるなくこほり堅まりたるやうなれ共、異相なり、是偏に弱大將の女のごとくにありて、心愚痴成るをもつて如此、ケ樣の人も大將といへば、しかも大名にて二萬·三萬或は五萬·六萬の人數を持ても、忝存ずる者は百人の內外ならでなし、
新字:巻第五弱過たる大将の事弱過たる大将の事付両上杉井北条家生起合厳物語事第三番に臆病なる大将は、心愚痴にして女に似たる故、人を猜みとめる者を好み詔へるを愛し、物ごと無穿鑿に分別なく、無慈悲にして心至らねば人を見しり給はず、機のはしりたるなくこほり堅まりたるやうなれ共、異相なり、是偏に弱大将の女のごとくにありて、心愚痴成るをもつて如此、ケ様の人も大将といへば、しかも大名にて二万·三万或は五万·六万の人数を持ても、忝存ずる者は百人の内外ならでなし、
書き下し
巻第五弱過たる大将の事弱過たる大将の事付両上杉井北条家生起合厳物語事第三番に臆病なる大将は、心愚痴にして女に似たる故、人を猜みとめる者を好み詔へるを愛し、物ごと無穿鑿に分別なく、無慈悲にして心至らねば人を見しり給はず、機のはしりたるなくこほり堅まりたるやうなれ共、異相なり、是偏に弱大将の女のごとくにありて、心愚痴成るをもつて如此、ケ様の人も大将といへば、しかも大名にて二万·三万或は五万·六万の人数を持ても、忝存ずる者は百人の内外ならでなし、
現代語訳
巻第五、弱過ぎたる大将のこと。付けたり、両上杉ならびに北条家の物語のこと。第三番に臆病なる大将は、心が愚痴であって女に似ているゆえに、人を猜んで責める者を好み、諂う者を愛し、物ごとを詮索せず分別がなく、無慈悲であって心が至らないので人を見知られない。気の走ったところがなく、氷が固まったようであるけれども、異相である。これはひとえに弱い大将が女のようであって、心が愚痴であることによってこのとおりである。このような人も大将といえば、しかも大名で二万・三万あるいは五万・六万の人数を持っていても、かたじけないと存ずる者は百人の内外よりほかにいない。
解説
この章句が説くこと
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