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甲陽軍鑑 / 品第四十

一信玄公宣ふ、右がさつ者は分別も遠慮なき故、恥をもあまりしらずして、縱ひ親兄弟不慮に殺害にて死し、敵きあり共、其敵きをうたんと思ふ事もなく常のかさつにちがふて、合戰·せりあひの時もかならずかさつ者は人なみより結句內にして、しかも又それに付ても種々の理はりをいひたがる事、偏に分別なくして遠慮なきゆへなり、

新字:一信玄公宣ふ、右がさつ者は分別も遠慮なき故、恥をもあまりしらずして、縦ひ親兄弟不慮に殺害にて死し、敵きあり共、其敵きをうたんと思ふ事もなく常のかさつにちがふて、合戦·せりあひの時もかならずかさつ者は人なみより結句内にして、しかも又それに付ても種々の理はりをいひたがる事、偏に分別なくして遠慮なきゆへなり、

書き下し

一信玄公宣ふ、右がさつ者は分別も遠慮なき故、恥をもあまりしらずして、縦ひ親兄弟不慮に殺害にて死し、敵きあり共、其敵きをうたんと思ふ事もなく常のかさつにちがふて、合戦·せりあひの時もかならずかさつ者は人なみより結句内にして、しかも又それに付ても種々の理はりをいひたがる事、偏に分別なくして遠慮なきゆへなり、

現代語訳

信玄公が宣われる。右のがさつ者は分別も遠慮もないゆえに、恥をもあまり知らずして、たとえ親兄弟が思いがけず殺害されて死に、敵がいても、その敵を討とうと思うこともなく、常のがさつとは違って、合戦や競り合いの時にも、必ずがさつ者は人並みより結局は内にいる。しかもまた、それについても種々の理屈を言いたがることは、ひとえに分別がなくて遠慮がないゆえである。またある夜、信玄公が仰せられるには、工夫と思案が変わるように、分別と才覚とは別であろう。

解説

がさつな者の実像が容赦なく描かれる。日ごろ荒いのに、親兄弟の敵討ちは思いもせず、合戦では人より後ろにいる。そして後から理屈だけは言いたがる。荒さは勇気の現れではなく、考えないことの現れだという診断で一貫している。荒さは勇気の現れではなく、考えないことの現れだという診断で一貫している。日ごろ荒い者ほど、肝心な場面では後ろにいる。

この章句が説くこと

がさつ臆病敵討合戦理屈

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