甲陽軍鑑 / 品第四十
一或時信玄公仰らるゝ、古人のいふ馬多しといへ共、能馬を見知る者なうして、よき馬共さたなく、うづもれていたづらに日を送ると申も、大略は國持大將に人をよくみしれと申儀にてもあらん、然ば小身成侍の知行百貫の內外取者なり共、百姓の所をさらず、其知行に物も殘らぬごとく、しかも我損物もなく仕る者は一郡をも能推はからん、其者は一國をも仕置宜しくいたすべし、縱は一萬貫取侍の事不辨に取まはすは十萬貫取ても大方其者の一代物に事かくこと多からん、
新字:一或時信玄公仰らるゝ、古人のいふ馬多しといへ共、能馬を見知る者なうして、よき馬共さたなく、うづもれていたづらに日を送ると申も、大略は国持大将に人をよくみしれと申儀にてもあらん、然ば小身成侍の知行百貫の内外取者なり共、百姓の所をさらず、其知行に物も残らぬごとく、しかも我損物もなく仕る者は一郡をも能推はからん、其者は一国をも仕置宜しくいたすべし、縦は一万貫取侍の事不弁に取まはすは十万貫取ても大方其者の一代物に事かくこと多からん、
書き下し
一或時信玄公仰らるゝ、古人のいふ馬多しといへ共、能馬を見知る者なうして、よき馬共さたなく、うづもれていたづらに日を送ると申も、大略は国持大将に人をよくみしれと申儀にてもあらん、然ば小身成侍の知行百貫の内外取者なり共、百姓の所をさらず、其知行に物も残らぬごとく、しかも我損物もなく仕る者は一郡をも能推はからん、其者は一国をも仕置宜しくいたすべし、縦は一万貫取侍の事不弁に取まはすは十万貫取ても大方其者の一代物に事かくこと多からん、
現代語訳
ある時、信玄公が仰せられる。古人の言うには、馬は多いといっても、よい馬を見知る者がいなくてよい馬どもが沙汰もなく、埋もれていたずらに日を送る、と申すのも、おおかたは国持ちの大将に人をよく見知れという儀でもあろう。しからば、小身である侍で知行百貫の内外を取る者であっても、百姓の所を去らせず、その知行に物も残らないようにして、しかも自分の損もなくつとめる者は、一郡をもよく推し量るであろう。その者は一国をも仕置きよくいたすであろう。たとえば一万貫取りの侍が事を不弁に取り回すのは、十万貫取っても、おおかたその者の一代のうちに物に事欠くことが多いであろう。武士は大小によらず武道を心がける事が第一である。
解説
この章句が説くこと
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