甲陽軍鑑 / 品第四十
又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顯はし候は當年長篠にて勝賴公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其爲にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、當御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未來までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
新字:又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顕はし候は当年長篠にて勝頼公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其為にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、当御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未来までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
書き下し
又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顕はし候は当年長篠にて勝頼公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其為にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、当御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未来までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
現代語訳
また他の傍輩衆で、よいほどの人々が申されたことまで聞き書きし、ただ今紙面に表しますのは、当年の長篠で勝頼公が後れを取られたゆえに、よい武士は百人のうち九十八人が討死して、みな生まれ替わりであるので、そのために書き置き参らせるのである。長坂長閑・跡部大炊助殿、必ず人に見せられてはならない。もしまた見せられるとしても、当御家に二代も奉公いたした子どもたちの多くの人には見せられても、牢人衆に見させられたなら、なかなか高坂の現世・未来までも恥であるから、一つには御家の疵になり候。深く慎まれよ、慎まれよ。
解説
この章句が説くこと
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論語・述而篇子曰わく、述べて作らず、信じて古を好む。竊かに我を老彭に比す。
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『墨子』兼愛下然り而して天下の士の兼を非とする者の言や、猶お未だ止まざるなり。曰く、兼は即ち仁なり、義なり。然りと雖も、豈に為す可けんや。吾れ兼の為す可からざるを譬うるに、猶お泰山を挈げて以て江河を超ゆるがごときなり、と。故に兼なる者は、直だ之を願うのみ。夫れ豈に為す可きの物ならんや。子墨子曰く、夫れ泰山を挈げて以て江河を超ゆるは、古より今に及ぶまで、生民ありてより來た未だ嘗て有らざるなり。今、夫の兼ねて相い愛し、交ごも相い利するが若きは、此れ先聖の六王より、親ら之を行えり。何ぞ先聖の六王の親ら之を行いしを知るや。子墨子曰く、吾れ之と世を並べ時を同じくして、親ら其の聲を聞き、其の色を見しに非ざるなり。其の竹帛に書し、金石に鏤め、槃盂に琢み、後世の子孫に傳え遺す所を以て之を知るなり。
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孔子家語・辯樂解周の賓牟賈孔子に侍坐す。孔子之と言いて樂に及び、曰く、「夫れ武の備え誡むるに久しきを以てす。何ぞや。」對えて曰く、「病疾其の眾を得ざるなり。」「詠嘆之れ、淫液之れ。何ぞや。」對えて曰く、「事に逮ばざるを恐るるなり。」「發揚蹈厲之れ已に蚤し。何ぞや。」對えて曰く、「時事に及ぶなり。」「武坐して右を致し、左を軒ぐ。何ぞや。」對えて曰く、「武の坐に非ざるなり。」「聲淫して商に及ぶ。何ぞや。」對えて曰く、「武の音に非ざるなり。」孔子曰く、「若し武の音に非ざれば、則ち何の音ぞや。」對えて曰く、「有司其の傳を失えるなり。」孔子曰く、「唯。丘諸を萇弘に聞けり、吾子の言是のごときに非ざれば若かず。若し有司其の傳を失えるに非ざれば、則ち武王の志荒めり。」
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『墨子』貴義子墨子曰く、古の聖王、其の道を後世に傳えんと欲す。是の故に之を竹帛に書し、之を金石に鏤み、後世の子孫に傳え遺す。後世の子孫の之を法とせんことを欲すればなり。今、先王の遺を聞きて為さざるは、是れ先王の傳を廢するなり。
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『墨子』非命下昔者、暴王、之を作し、窮人、之を術ぶ。此れ皆な衆を疑わせ樸を遲らしむ。先聖王の之を患うるや、固より前に在り。是を以て之を竹帛に書し、之を金石に鏤め、之を盤盂に琢み、後世の子孫に傳え遺す。曰く、何の書にか焉れ存す。禹の『總徳』に之れ有り。曰く、「允に天に著われずして、民、而ち葆んぜず。既に凶心を防がざれば、天、之に咎を加う。厥の徳を慎まずんば、天命、焉ぞ葆んぜん」と。
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『正法眼蔵随聞記』巻二我れ若かりし時、諸方の長老を歴観せしに、ある長老此の如く勧めて云く、巳前は眠る僧をば拳も欠けなんとするほどに打ちたるが、今は老後になりてちからよはくなりて、つよくも打ち得ざるほどに、よき僧も出来らざるなり、諸方の長老も坐を緩く勧る故に、仏法は衰微せるなり、我は弥よ打べきなりとのみ示されしなり、