甲陽軍鑑 / 品第四十
又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顯はし候は當年長篠にて勝賴公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其爲にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、當御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未來までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
新字:又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顕はし候は当年長篠にて勝頼公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其為にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、当御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未来までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
書き下し
又余の傍輩衆よき程の人々申されたる義迄聞書仕り、只今紙面に顕はし候は当年長篠にて勝頼公後れを取給ふゆへ、よき武士百人は九十八人うち死して、みな生れかはりにて候間、其為にかき置まいらする、長坂長閑·跡部大炊助殿かならず人にみせ給ふべからす、若し又みせ給ふ共、当御家に二代も奉公いたし候子共あまたの人にはみせ給ふとも、牢人衆にみせさせ給はど中々高坂が現世·未来までもはぢなれば、且は御家のきずになり候、
現代語訳
また他の傍輩衆で、よいほどの人々が申されたことまで聞き書きし、ただ今紙面に表しますのは、当年の長篠で勝頼公が後れを取られたゆえに、よい武士は百人のうち九十八人が討死して、みな生まれ替わりであるので、そのために書き置き参らせるのである。長坂長閑・跡部大炊助殿、必ず人に見せられてはならない。もしまた見せられるとしても、当御家に二代も奉公いたした子どもたちの多くの人には見せられても、牢人衆に見させられたなら、なかなか高坂の現世・未来までも恥であるから、一つには御家の疵になり候。深く慎まれよ、慎まれよ。
解説

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