墨子 / 非命下
昔者暴王作之,窮人術之,此皆疑衆遲樸,先聖王之患之也,固在前矣。是以書之竹帛,鏤之金石,琢之盤盂,傳遺後世子孫。曰:何書焉存?禹之《總徳》有之,曰:「允不著惟天,民不而葆。既防凶心,天加之咎。不慎厥徳,天命焉葆?」
新字:昔者暴王作之,窮人術之,此皆疑衆遅樸,先聖王之患之也,固在前矣。是以書之竹帛,鏤之金石,琢之盤盂,伝遺後世子孫。曰:何書焉存?禹之《総徳》有之,曰:「允不著惟天,民不而葆。既防凶心,天加之咎。不慎厥徳,天命焉葆?」
書き下し
昔者、暴王、之を作し、窮人、之を術ぶ。此れ皆な衆を疑わせ樸を遲らしむ。先聖王の之を患うるや、固より前に在り。是を以て之を竹帛に書し、之を金石に鏤め、之を盤盂に琢み、後世の子孫に傳え遺す。曰く、何の書にか焉れ存す。禹の『總徳』に之れ有り。曰く、「允に天に著われずして、民、而ち葆んぜず。既に凶心を防がざれば、天、之に咎を加う。厥の徳を慎まずんば、天命、焉ぞ葆んぜん」と。
現代語訳
むかし乱暴な王がこれを作り出し、困窮した人がこれを述べ伝えた。それはみな人々を惑わせ、素朴な者を鈍らせる。昔の聖王がこれを憂えたのは、ずっと以前のことである。だからこれを竹や帛に書き、金石に鏤め、盤や盂に刻んで、後世の子孫に伝え遺した。どの書に残っているか。禹の『総徳』にある。「まことに天に現れなければ、民は安んじない。凶悪な心を防がなければ、天は咎を加える。その徳を慎まなければ、天命がどうして安んじよう」。
解説
運命論の出所を、作った者(暴王)と広めた者(窮人)に分けて名指しします。そのうえで、それに反対する言葉がどこに保存されているかを挙げていく。竹帛・金石・盤盂と、媒体を三つ並べているのが面白いところで、消えては困る言葉を複数の材質に分けて残すという発想です。記録の残し方として、これは今も変わりません。
この章句が説くこと
記録媒体出所伝承天命
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