甲陽軍鑑 / 起巻
物をしりきはめ、詩聯句まで、なさるゝ共、あまりおもてへ、たつべからず子細は、ほめながらも、なにとやらん、足利僧のかへりて、男になりたる樣にて、大略見ぐるしく候、出家さへ紫野妙心寺の禪僧風流を立る衆は、物をしりても、しらざるふりをして、不立文字とたて、ざぐへん、專にして、禪話を肝要にする坊主は出家といへども、けはしく見へ候事一武士は、
新字:物をしりきはめ、詩聯句まで、なさるゝ共、あまりおもてへ、たつべからず子細は、ほめながらも、なにとやらん、足利僧のかへりて、男になりたる様にて、大略見ぐるしく候、出家さへ紫野妙心寺の禅僧風流を立る衆は、物をしりても、しらざるふりをして、不立文字とたて、ざぐへん、専にして、禅話を肝要にする坊主は出家といへども、けはしく見へ候事一武士は、
書き下し
物をしりきはめ、詩聯句まで、なさるゝ共、あまりおもてへ、たつべからず子細は、ほめながらも、なにとやらん、足利僧のかへりて、男になりたる様にて、大略見ぐるしく候、出家さへ紫野妙心寺の禅僧風流を立る衆は、物をしりても、しらざるふりをして、不立文字とたて、ざぐへん、専にして、禅話を肝要にする坊主は出家といへども、けはしく見へ候事一武士は、
現代語訳
小身なる人が物を知り極め、詩や聯句までなさっても、あまり表へ立てるべきではない。子細は、褒めながらも何とやら、足利の僧が還俗して男になったようで、おおかた見苦しいのである。出家でさえ、紫野や妙心寺の禅僧で風流を立てる衆は、物を知っていても知らないふりをして、不立文字を立て、坐禅を専らにして、禅話を肝要にする坊主は、出家といっても険しく見え候事。一、武士は。
解説
知っていることを表へ出すなという戒め。褒められはするが見苦しい、という微妙な評され方が示される。禅僧の例が対に置かれ、知っていて知らないふりをするのが風流を立てる者のやり方だとされる。持つことと見せることを分けよ、ということである。持つことと見せることを分けよ、ということである。知っていて知らないふりをするのが、風流を立てる者のやり方だとされている。
この章句が説くこと
小身学問隠風流禅僧見苦し
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