甲陽軍鑑 / 起巻
されど又國持大將も、物の本部數を、よく鍛鍊し給ふほどにて、それより武篇塲數、すくなければ、國持をも、少ぬるき樣に、大略は沙汰する物也、そこのほどを、能分別なさるべき事也一學問の儀、右國持大將さへ、あまりはいかゝと存るに、
新字:されど又国持大将も、物の本部数を、よく鍛錬し給ふほどにて、それより武篇塲数、すくなければ、国持をも、少ぬるき様に、大略は沙汰する物也、そこのほどを、能分別なさるべき事也一学問の儀、右国持大将さへ、あまりはいかゝと存るに、
書き下し
されど又国持大将も、物の本部数を、よく鍛錬し給ふほどにて、それより武篇塲数、すくなければ、国持をも、少ぬるき様に、大略は沙汰する物也、そこのほどを、能分別なさるべき事也一学問の儀、右国持大将さへ、あまりはいかゝと存るに、
現代語訳
けれどもまた国持ちの大将も、本の数をよく鍛錬されるほどであって、それより武辺の場数が少なければ、国持ちであっても少しぬるいように、おおかたは沙汰されるものである。そこのほどをよく分別なさるべき事である。一、学問の儀は、右の国持ちの大将でさえあまり過ぎるのはいかがと思うのに、まして小身の人は。
解説
前段で国持ちには学問を勧めておいて、すぐに釣り合いの話に戻す。読んだ数が場数を上回れば、それだけでぬるいと言われる。学問そのものを否定するのではなく、実地との比率で見るという立場が一貫している。学問そのものを否定するのではなく、実地との比率で見るという立場が一貫している。読んだ数が場数を超えた時点で、ぬるいと言われる。
この章句が説くこと
学問場数釣合武辺国持分別
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