甲陽軍鑑 / 品第十三
扇谷にちうじ彥四郞·曾我傳吉とて兩人の殿ばらあり、此者ふたりながら中よくして、いひあはせ分別もあれば奉公能くして扇谷殿の心を取うけ、後には扇谷へ諫を申程に仕る、運の末の諫臣にて、後兩人申す事打續き吉事の故、其後は兩人に官途させ、ちうじ·主馬の助·曾我右衞門佐になされ、悉皆扇谷殿は會我ちうじ申次第なり、
新字:扇谷にちうじ彥四郎·曽我伝吉とて両人の殿ばらあり、此者ふたりながら中よくして、いひあはせ分別もあれば奉公能くして扇谷殿の心を取うけ、後には扇谷へ諫を申程に仕る、運の末の諫臣にて、後両人申す事打続き吉事の故、其後は両人に官途させ、ちうじ·主馬の助·曽我右衛門佐になされ、悉皆扇谷殿は会我ちうじ申次第なり、
書き下し
扇谷にちうじ彥四郎·曽我伝吉とて両人の殿ばらあり、此者ふたりながら中よくして、いひあはせ分別もあれば奉公能くして扇谷殿の心を取うけ、後には扇谷へ諫を申程に仕る、運の末の諫臣にて、後両人申す事打続き吉事の故、其後は両人に官途させ、ちうじ·主馬の助·曽我右衛門佐になされ、悉皆扇谷殿は会我ちうじ申次第なり、
現代語訳
扇谷にちうじ彦四郎、曾我伝吉といって二人の殿ばらがある。この者は二人とも仲がよくて、言い合わせて分別もあるので、奉公がよくて扇谷殿の心を取り受け、後には扇谷へ諫めを申すほどになった。運の末の諫臣である。後に二人が申すことが続けて吉事となったゆえに、その後は二人に官途をさせ、ちうじ主馬助、曾我右衛門佐になされ、ことごとく扇谷殿は曾我とちうじの申すとおりであった。
解説
運の末の諫臣、という一語が置かれる。仲がよく、よく考え、諫めまで申すという申し分のない二人で、しかも言うことが続けて当たった。だからこそ何もかも任されるようになる。よく当たることが信頼を作り、その信頼が次の段の讒言を通してしまう。よく当たることが信頼を作り、その信頼が次の讒言を通してしまう。正しい進言を重ねた者ほど、誤りも通ってしまうということである。
この章句が説くこと
諫臣信官途運扇谷寵
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