甲陽軍鑑 / 品第十二
古今において名大將或は小身にても、名人のことは又仕形をも用ゐず、何もかも主の一分にて仕出たすべきと斗り思案あり、適ま物知りを近付け、物をきかんよまんと有ると云へども、利根をさきへ立て片端を少し聞き、其儘合點と仰せらるゝ、佛經ニ曰、未得謂得未證謂證ど在るごとく、能くも相心得ずして心得たりと被仰、昔しも今もよき人の旨は悉く同前なりなどゝ宣まひ、ふるき人ごとを適ま手本にし給へは、早や合點成る義はひだちうたれぬ樣にと思召し、
新字:古今において名大将或は小身にても、名人のことは又仕形をも用ゐず、何もかも主の一分にて仕出たすべきと斗り思案あり、適ま物知りを近付け、物をきかんよまんと有ると云へども、利根をさきへ立て片端を少し聞き、其儘合点と仰せらるゝ、仏経ニ曰、未得謂得未證謂證ど在るごとく、能くも相心得ずして心得たりと被仰、昔しも今もよき人の旨は悉く同前なりなどゝ宣まひ、ふるき人ごとを適ま手本にし給へは、早や合点成る義はひだちうたれぬ様にと思召し、
書き下し
古今において名大将或は小身にても、名人のことは又仕形をも用ゐず、何もかも主の一分にて仕出たすべきと斗り思案あり、適ま物知りを近付け、物をきかんよまんと有ると云へども、利根をさきへ立て片端を少し聞き、其儘合点と仰せらるゝ、仏経ニ曰、未得謂得未證謂證ど在るごとく、能くも相心得ずして心得たりと被仰、昔しも今もよき人の旨は悉く同前なりなどゝ宣まひ、ふるき人ごとを適ま手本にし給へは、早や合点成る義はひだちうたれぬ様にと思召し、
現代語訳
古今において名大将、あるいは小身であっても名人のことは、その仕方をも用いず、何もかも主人ひとりの分でやり出せると思案するばかりである。たまたま物知りを近づけて、物を聞こう読もうとすることがあっても、利根を先に立てて片端を少し聞き、そのまま合点したと仰せられる。仏経に曰く、未だ得ざるを得たと謂い、未だ証せざるを証したと謂う、とあるように、よくも心得ないでいて心得たと仰せられ、昔も今もよい人の旨はことごとく同じであるなどと宣われ、古人のことをたまたま手本にされても、早くも合点したことは引けを取るまいとお思いになる。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十二利根過ぎたる大将しかもひとかは利根にして、よのつねの人に似ず、心ね大地震にもくつれず候と聞き及びたり、惣別能き大将はあらくみゆれども、慈悲深かし、利根の過ぎたる悪大将、口にてはよき様に被仰にも臆意無慈悲なり、必ず利根過ぎれば身に自慢有るにより何をしても我することにひたちうたるまじと思召すに付き、
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