甲陽軍鑑 / 品第十二
利根過ぎたる大將しかもひとかは利根にして、よのつねの人に似ず、心ね大地震にもくつれず候と聞き及びたり、惣別能き大將はあらくみゆれども、慈悲深かし、利根の過ぎたる惡大將、口にてはよき樣に被仰にも臆意無慈悲なり、必ず利根過ぎれば身に自慢有るにより何をしても我することにひたちうたるまじと思召すに付き、
新字:利根過ぎたる大将しかもひとかは利根にして、よのつねの人に似ず、心ね大地震にもくつれず候と聞き及びたり、惣別能き大将はあらくみゆれども、慈悲深かし、利根の過ぎたる悪大将、口にてはよき様に被仰にも臆意無慈悲なり、必ず利根過ぎれば身に自慢有るにより何をしても我することにひたちうたるまじと思召すに付き、
書き下し
利根過ぎたる大将しかもひとかは利根にして、よのつねの人に似ず、心ね大地震にもくつれず候と聞き及びたり、惣別能き大将はあらくみゆれども、慈悲深かし、利根の過ぎたる悪大将、口にてはよき様に被仰にも臆意無慈悲なり、必ず利根過ぎれば身に自慢有るにより何をしても我することにひたちうたるまじと思召すに付き、
現代語訳
利根が過ぎたる大将は、しかもひときわ利根であって、世の常の人に似ず、心根は大地震にも崩れないと聞き及んでいる。総じてよい大将は荒く見えるけれども、慈悲が深い。利根の過ぎた悪い大将は、口ではよいように仰せられても、内心は無慈悲である。必ず利根が過ぎれば身に自慢があるので、何をしても自分のすることに引けは取るまいと思し召される。
解説
見た目と中身が逆になる、という対比が置かれる。よい大将は荒く見えて慈悲深く、利根の過ぎた大将は口はよくて無慈悲である。判断の基準を言葉づかいではなく実際の扱いに置けということで、心根が大地震にも崩れないという強さも、この人においては欠点の側に数えられている。判断の基準を、言葉づかいではなく実際の扱いに置けということである。口のよさは、慈悲の有無について何も語っていない。
この章句が説くこと
慈悲利根自慢口見かけ大将
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