甲陽軍鑑 / 品第四十七
惣別噐用だてをする者は無噐用の眞只中、分別だてをする者は無分別の九ツ時分にて候ぞ、武士は手の外を仕り、下よりつもられぬが本の大將也と申されたるよし聞及て候、信長公あらぎなる大將のやうに申なし候へ共、右の段は聞事なることなり、
新字:惣別噐用だてをする者は無噐用の真只中、分別だてをする者は無分別の九ツ時分にて候ぞ、武士は手の外を仕り、下よりつもられぬが本の大将也と申されたるよし聞及て候、信長公あらぎなる大将のやうに申なし候へ共、右の段は聞事なることなり、
書き下し
惣別噐用だてをする者は無噐用の真只中、分別だてをする者は無分別の九ツ時分にて候ぞ、武士は手の外を仕り、下よりつもられぬが本の大将也と申されたるよし聞及て候、信長公あらぎなる大将のやうに申なし候へ共、右の段は聞事なることなり、
現代語訳
総別、器用だてをする者は無器用の真只中、分別だてをする者は無分別の九つ時分にて候ぞ。武士は手の外を仕り、下より積もられぬが本の大将であると申されたるよし、聞き及びて候。信長公は荒気なる大将のように申しなし候えども、右の段は聞き事なることである。
解説
できる風を見せる者ほど、できない側の真ん中にいるという。分別ぶる者も同じだと重ねる。そして下から先を読まれない者が本当の大将だと結び、荒っぽいと言われる信長のこの言葉は聞くに値すると認めている。荒っぽいと言われる信長のこの言葉は聞くに値すると認めている。できる風を見せる者ほど、できない側の真ん中にいるという見方である。
この章句が説くこと
器用だて分別手の外信長大将見栄
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