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甲陽軍鑑 / 品第十一

人々如面各各不同と有る時は心も又々如此ならん、諸人ひとつ形儀に成るべきこと聊有るまじ、たとへば庭に木をうゆるに色々をうへ給ふと思召せ、當時崇敬の衆能キ人とても、一手には成りがたし、况んや不賢成ル人々は分別なし、分別なければ義理に遠し、義理に遠ければ恩を請け奉つる主君のためも思はず、私しなる意地あり、私しなる意地あればもとよりばかなる大將へ無窮自在に申上げ、皆已々がまゝにする我贔負の人をば余の出頭人に取なさせ、

新字:人々如面各各不同と有る時は心も又々如此ならん、諸人ひとつ形儀に成るべきこと聊有るまじ、たとへば庭に木をうゆるに色々をうへ給ふと思召せ、当時崇敬の衆能キ人とても、一手には成りがたし、況んや不賢成ル人々は分別なし、分別なければ義理に遠し、義理に遠ければ恩を請け奉つる主君のためも思はず、私しなる意地あり、私しなる意地あればもとよりばかなる大将へ無窮自在に申上げ、皆已々がまゝにする我贔負の人をば余の出頭人に取なさせ、

書き下し

人々如面各各不同と有る時は心も又々如此ならん、諸人ひとつ形儀に成るべきこと聊有るまじ、たとへば庭に木をうゆるに色々をうへ給ふと思召せ、当時崇敬の衆能キ人とても、一手には成りがたし、況んや不賢成ル人々は分別なし、分別なければ義理に遠し、義理に遠ければ恩を請け奉つる主君のためも思はず、私しなる意地あり、私しなる意地あればもとよりばかなる大将へ無窮自在に申上げ、皆已々がまゝにする我贔負の人をば余の出頭人に取なさせ、

現代語訳

仏経に曰く、人々は面の如く各々同じからず、とある時は、心もまたこのとおりであろう。諸人が一つの形儀になることは少しもあるまい。たとえば庭に木を植えるのに、いろいろの木を植えられるものと思し召せ。当代に崇敬している衆が良い人であるとしても、一手にはなりがたい。まして愚かな人々は分別がない。分別がなければ義理に遠い。義理に遠ければ、恩を受け奉る主君のためをも思わず、私の意地がある。私の意地があれば、もとより馬鹿な大将へ無際限に自在に申し上げる。

解説

顔が違うように心も違う、という仏典の言葉を引いて、家中を一色に揃えようとすることを退ける。庭にいろいろの木を植えるという比喩が置かれ、たとえ良い人ばかりでも一手にはならないと言う。揃えようとする力が、かえって私の意地を通す者を生むという筋になっている。揃えようとする力が、かえって私の意地を通す者を生むという筋になっている。違う木を植えておくほうが、庭としては保つということである。

この章句が説くこと

多様一手義理分別

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