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甲陽軍鑑 / 品第十一

惡しきとても件の家中にて諸人、其出頭人馳廻りの者をほむるは是又道理、たとへば朱を綺ふて指の赤くなり、墨を綺ふ人手の黑く成、心に十年と左樣の家中にあれば、大方家のふりに成なり、其ふりにならずして、利發なる賢人は分別有る故、其家に堪忍の間善惡のさた少もいはず、殊に其人は右の家を出て、よその主君を賴みても、義理を用て始めの家中善惡を猶以ていはず扨て又不賢はあしき作法をも知らずして、

新字:悪しきとても件の家中にて諸人、其出頭人馳廻りの者をほむるは是又道理、たとへば朱を綺ふて指の赤くなり、墨を綺ふ人手の黒く成、心に十年と左様の家中にあれば、大方家のふりに成なり、其ふりにならずして、利発なる賢人は分別有る故、其家に堪忍の間善悪のさた少もいはず、殊に其人は右の家を出て、よその主君を頼みても、義理を用て始めの家中善悪を猶以ていはず扨て又不賢はあしき作法をも知らずして、

書き下し

悪しきとても件の家中にて諸人、其出頭人馳廻りの者をほむるは是又道理、たとへば朱を綺ふて指の赤くなり、墨を綺ふ人手の黒く成、心に十年と左様の家中にあれば、大方家のふりに成なり、其ふりにならずして、利発なる賢人は分別有る故、其家に堪忍の間善悪のさた少もいはず、殊に其人は右の家を出て、よその主君を頼みても、義理を用て始めの家中善悪を猶以ていはず扨て又不賢はあしき作法をも知らずして、

現代語訳

悪いといっても、くだんの家中で諸人がその出頭人や走り回りの者を褒めるのは、これもまた道理である。たとえば朱に交われば指が赤くなり、墨に交わる人は手が黒くなる。心にも十年そうした家中にいれば、おおかたその家の風になるのである。その風にならずに、利発な賢人は分別があるゆえに、その家に堪忍しているあいだは善悪の沙汰を少しも言わない。ことにその人は、右の家を出て他の主君を頼んでも、義理を用いて、初めの家中の善悪をなおもって言わない。さてまた愚かな者は、悪い作法をも知らないでいる。

解説

朱と墨のたとえで、十年いれば家の風が身につくと言う。そのうえで賢人の身の処し方が示される。いるあいだは善悪を言わず、出た後も前の家のことを言わない。批判しないことを義理と呼んでいるところが、この書の武士らしい線の引き方である。批判しないことを義理と呼んでいるところが、この書の武士らしい線の引き方である。いるあいだも、出た後も、同じ口を守るということになる。

この章句が説くこと

義理沈黙家風堪忍

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