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孔子家語 / 曲禮公西赤問

顏淵之喪既祥,顏路饋祥肉於孔子。孔子自出而受之,入彈琴以散情,而後乃食之。孔子嘗奉薦而進,其親也愨,其行也趨,趨以數。已祭,子貢問曰:「夫子之言祭也,濟濟漆漆焉,今夫子路為季氏宰,季氏祭逮昏而奠,終日不足,繼以燭,雖有強力之容,肅敬之心,皆倦怠矣。有司跛倚以臨,其為不敬也大矣。」他日,子路與焉,室事交於戶,堂事當於階,質明而始行事,晏朝而徹。孔子聞之曰:「孰為士也而不知禮。」

新字:顏淵之喪既祥,顏路饋祥肉於孔子。孔子自出而受之,入弾琴以散情,而後乃食之。孔子嘗奉薦而進,其親也愨,其行也趨,趨以数。已祭,子貢問曰:「夫子之言祭也,済済漆漆焉,今夫子路為季氏宰,季氏祭逮昏而奠,終日不足,継以燭,雖有強力之容,粛敬之心,皆倦怠矣。有司跛倚以臨,其為不敬也大矣。」他日,子路与焉,室事交於戶,堂事当於階,質明而始行事,晏朝而徹。孔子聞之曰:「孰為士也而不知礼。」

書き下し

顔淵の喪既に祥するに、顔路祥肉を孔子に饋る。孔子自ら出でて之を受け、入りて琴を弾じて以て情を散じ、而る後に乃ち之を食らう。孔子嘗て薦を奉じて進むに、其の親しむや愨に、其の行くや趨り、趨るに数を以てす。已に祭るに、子貢問いて曰く、「夫子の祭を言うや、済済漆漆たり、今夫れ子路季氏の宰と為り、季氏の祭は昏に逮びて奠し、終日足らず、継ぐに燭を以てす、強力の容有りと雖も、粛敬の心、皆倦怠す。有司跛倚して以て臨む、其の不敬為るや大なり」と。他日、子路与る、室事は戸に交わり、堂事は階に当たり、質明にして始めて事を行い、晏朝にして徹す。孔子之を聞きて曰く、「孰か士たりて礼を知らずと為さんや」と。

現代語訳

顔淵の喪がすでに大祥を終えると、顔路は祥祭で用いた肉を孔子のもとに贈った。孔子は自ら外に出てこれを受け取ると、部屋に入って琴を弾いて心を落ち着かせ、その後にようやくその肉を食べた。孔子はかつて祭祀の供物を捧げて進む際、その親しみは真心にあふれ、その歩みは小走りで、小走りの歩調にも一定のリズムがあった。祭祀が終わると、子貢が尋ねた。「先生が祭祀について語られるとき、威儀正しく整然としているとおっしゃいます。ところが今、子路が季氏の家宰となり、季氏の祭祀は日が暮れてから供え物をし、一日かけても終わらず、蝋燭をともして続けるほどです。たとえ気力体力に満ちた立派な姿があっても、厳粛で敬虔な心は皆疲れ果ててしまいます。担当の役人たちは足を崩してもたれかかりながら見守るような有様で、これは大いに不敬なことです。」その後、別の日に子路がその祭祀の運営に加わると、室内の儀式は戸口で手際よく行い、堂上の儀式は階段のところで的確に行い、夜明けとともに儀式を始め、朝のうちに片付けを終えるようになった。孔子はこれを聞いて言った。「誰が子路のことを士でありながら礼を知らないなどと言えようか。」

解説

前半では、顔淵の喪が明けて贈られた祭肉を、孔子がまず琴を弾いて心を落ち着けてから食べるという、深い哀悼の情を保ちながらも節度を守る姿が描かれています。後半では、季氏の祭祀が非効率で夜通しに及び、関係者が疲れ果てて不敬になっていた状況を子貢が批判しますが、後日子路が家宰として運営に加わると、手際よく夜明けから朝のうちに儀式を終えるよう改善しました。孔子はこの実務能力の高さを高く評価し、礼とは単なる作法の知識だけでなく、限られた時間の中で厳粛さを保ちながら円滑に執り行う実践的な能力をも含むものであることを示しています。

この章句が説くこと

顔淵顔路季氏の祭祀子路の改善

この一句を、あなたの毎日に。

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