孔子家語 / 曲禮子貢問
邾人以同母異父之昆弟死,將為之服,因顏克而問禮於孔子。子曰:「繼父同居者,則異父昆弟,從為之服;不同居,繼父且猶不服,況其子乎?」
新字:邾人以同母異父之昆弟死,将為之服,因顏克而問礼於孔子。子曰:「継父同居者,則異父昆弟,従為之服;不同居,継父且猶不服,況其子乎?」
書き下し
邾人、同母異父の昆弟死するを以て、将に之が為に服せんとし、顔克に因りて礼を孔子に問う。子曰く、「継父にして同居する者は、則ち異父の昆弟、従いて之が為に服す。同居せざれば、継父すら且つ猶お服せず、況んや其の子をや」と。
現代語訳
邾の国の人が、母を同じくし父を異にする兄弟が亡くなったので、それに服喪しようとし、顔克を通じて孔子に礼について尋ねた。孔子は言った。「継父と同居している場合には、父を異にする兄弟のためにも、それに準じて服喪する。しかし同居していなければ、継父のためでさえ服喪しないのだから、まして継父の子(異父の兄弟)のためになど、なおさら服喪しない。」
解説
血縁関係が複雑な異父兄弟に対する服喪の可否について、孔子は「継父との同居の有無」を判断基準として明快に示しています。実際に生活を共にし扶養関係にあったかどうかが、服喪の義務の有無を決めるという考え方です。単なる血のつながりだけでなく、実際の生活上の関係性(同居・扶養)を重んじて礼の適用範囲を判断するこの姿勢は、家族関係が多様化する現代においても、形式的な血縁よりも実質的な関係性を重視する視点として参考になります。
この章句が説くこと
邾人異父兄弟継父服喪の範囲
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