孔子家語 / 大婚解
公曰:「寡人願有言也。然冕而親迎,不已重乎?」孔子愀然作色而對曰:「合二姓之好,以繼先聖之後,以為天下宗廟社稷之主。君何謂已重焉?」公曰:「寡人實固,不固安得聞此言乎?寡人欲問,不能為辭,請少進。」孔子曰:「天地不合,萬物不生。大婚,萬世之嗣也。君何謂已重焉?」孔子遂言曰:「內以治宗廟之禮,足以配天地之神。出以治直言之禮,以立上下之敬。物恥,則足以振之。國恥,足以興之。故為政先乎禮,禮其政之本與?」
新字:公曰:「寡人願有言也。然冕而親迎,不已重乎?」孔子愀然作色而対曰:「合二姓之好,以継先聖之後,以為天下宗廟社稷之主。君何謂已重焉?」公曰:「寡人実固,不固安得聞此言乎?寡人欲問,不能為辞,請少進。」孔子曰:「天地不合,万物不生。大婚,万世之嗣也。君何謂已重焉?」孔子遂言曰:「内以治宗廟之礼,足以配天地之神。出以治直言之礼,以立上下之敬。物恥,則足以振之。国恥,足以興之。故為政先乎礼,礼其政之本与?」
書き下し
公曰く、「寡人言う所有らんことを願う。然れども冕して親迎するは、已に重きに過ぎずや。」孔子愀然として色を作して対えて曰く、「二姓の好を合わせて、以て先聖の後を継ぎ、以て天下宗廟社稷の主と為すなり。君何ぞ已に重しと謂うや。」公曰く、「寡人実に固なり、固ならずんば安くんぞ此の言を聞くを得んや。寡人問わんと欲するも、辞を為す能わず、請う少しく進めん。」孔子曰く、「天地合わざれば、万物生ぜず。大婚は、万世の嗣なり。君何ぞ已に重しと謂うや。」孔子遂に言いて曰く、「内は以て宗廟の礼を治め、以て天地の神に配するに足る。外は以て直言の礼を治め、以て上下の敬を立つ。物恥ずれば、則ち以て之を振るうに足り、国恥ずれば、以て之を興すに足る。故に政を為すは礼を先んず、礼は其れ政の本か。」
現代語訳
哀公は「私からもう少し申し上げたいことがあります。しかし、礼冠をつけて自ら迎えに行くというのは、あまりに重々しすぎませんか」と尋ねた。孔子は表情を改めて、「二つの姓の家の好誼を結び、先の聖王の血統を継ぎ、天下の宗廟社稷(国家)の主となるべき人を得るための儀式なのです。あなたはどうしてこれを重々しすぎると仰るのですか」と答えた。哀公は「私は本当に頑固者です。頑固でなければどうしてこのような言葉を聞くことができましょうか。もっとお尋ねしたいのですが、うまく言葉にできません。もう少しお話を進めてください」と言った。孔子は「天地が交わらなければ、万物は生まれません。大婚とは、万世にわたる血統を継ぐためのものなのです。あなたはどうしてこれを重々しすぎると仰るのですか」と言い、さらに続けて「内にあっては宗廟の礼を修めることで、天地の神々と並び立つにふさわしいものとなり、外にあっては率直な進言を受け入れる礼を修めることで、上下の敬意を確立します。物事において恥じるべきことがあれば、それによって奮い立つことができ、国家において恥じるべきことがあれば、それによって国を興すことができます。だから政治を行うには礼を第一とするのです。礼こそが政治の根本ではないでしょうか」と語った。
解説

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『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
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『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
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『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
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『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
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『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。